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この秋、この一年を通して最も印象に残る演奏会の一つになったことは間違いない。昨年4月、深い感動をよんでくれたドイツの巨匠ペーター・レーゼル(b.1945)の日本公演に今回も接することができた(10月2日、紀尾井ホール)。自分にとっては2度目の実演となるので、ある意味、再会とでもいうような心境だった。今回は日本のファンに応えるべく、終演後にはCDサイン会も用意されており、彼の人柄も含めて間近に接することができた感動は大きかった。その感動をここにレポートしておきたい。

ペーター・レーゼル ベートーヴェンの真影」と題し、今秋から、4年の歳月をかけ、ベートーヴェンの全曲ソナタに挑むという一大プログラムもひっさげての来日だった。前回時点で、再来日決定のニュースは知ってたものの、自分がチケット入手に慌てて動き出したのは公演1週間程前で、今秋の全3回の公演の内、前2回(全曲ソナタの第一回公演、および紀尾井シンフォニエッタ東京との「皇帝」公演)は完売で既に入手できず、3回目の当夜のリサイタルのみ、残り数少ないチケットを入手できたという状況だった。昨年の反響もあったのだろう、日本のファンの期待の大きさを感じさせた。

ステージ上のピアノには、2本のスタンドマイク、天井からは4本のマイクロフォンがセットされていた。プログラムに、今回の一連のベートーヴェン全曲ソナタをキング・レコードがライヴ・レコーディング化し、今後発売の予定だという。昨今、レーゼルが30~40代に残したドイツ・シャルプラッテンのリマスター盤は次々と再発されているものの、レーゼルの今を知るにはまたとない絶好の企画!彼の貴重な日本でのライヴを残そうというキング・レコード側の強い意欲も感じる。

当夜のプログラムは以下の通り。

1. ピアノ・ソナタ第9番ホ長調Op.14-1
2. ピアノ・ソナタ第30番ホ長調Op.109
     (休憩)
3. ピアノ・ソナタ第6番ヘ長調Op.10-2
4. ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」


前半は長調の曲2曲が演奏される。ピアノ・ソナタ第9番はベートーヴェン初期の作品という事もあり、オープニング的な位置づけとしもレーゼルに適した選曲だったのだろう。ピアノ・ソナタ第6番も同様だが、初期の作品は、コクのある深みを伴った性格のものではなく、全体的に明るめのトーンで展開される。ハイドンやモーツァルトの影響を受けていた時期なのかもしれない。
2曲目は後期の作品よりピアノ・ソナタ第30番を演奏。1楽章はコンチェルトのような輝きを持った作風となっており、作曲年月の隔たりが第9番とは対比できる意味でも面白い。3楽章は交響曲第9番の3楽章のような深遠な世界があって実に美しかった。

座席はS席だったが、直前のチケット入手だったので期待してはいなかったものの、結果的には満足のいくものだった。下手2階のバルコニーからステージを見下ろす位置なので、レーゼルの演奏姿が背後から眺める事ができた。

実に正統派と思えるベートーヴェン。きらびやかな高音域からずっしりとした低音域まで、常に腰の据わった安定的な響きがある。彼の演奏には、特段にテクニックをひけらかすような弾き方もなく、むしろ音楽表現のためにテクニックは存在するものだという事を改めて感じさせる。フォルテのつかみ方など、ドイツ的だと思える場面が随所に感じられた。CDでも感じていたが、レーゼルの音は、音の一粒一粒に芯があり、まっすぐな音である所が、好きだ。前回同様、スタインウェイのピアノも彼の構築するベートーヴェンに見事なレスポンスをみせていた。

メインのピアノ・ソナタ第23番「熱情」は、自分自身、一番期待していた曲だった。昨年、マイベスト盤としてエントリーしたのがレーゼルの熱情。当時はまだ40代になる手前のレコーディングだっただけに、今年63歳を迎えるレーゼルが、どういう演奏を繰り広げてくれるのかを楽しみにしていた。20年以上の歳月の変化は、演奏に更なる深みをもたらしていたようだ。彼にとってはもう何百回と弾いたソナタに違いないが、この作品がもつ深遠な世界と、ほとばしる情熱を見事に表現していた。難易度の高い3楽章もCDを聴いた時に感動が蘇ってきた。
さすがに、「熱情」はやはり体力を使うのだろう、アンコールは一曲(7つのバガテルからop.33-3)で終了したが、全4曲のソナタでもう十分だった。
レーゼルは、演奏中も、演奏直後も、あまりパフォーマンスは表には出さず、淡々としているようにみえる。拍手喝采を受ける時でも、特段、笑顔を見せる事もない。そんな彼自身、自分よりも作曲家とその音楽に対して深い敬愛と賛美を感じているのかもしれない。そんな真面目で誠実な人柄が、彼の音楽にも現れているような気がする。

昨年はマチネの公演にも関わらず、CD即売サイン会すらなかったが、今回はドイツ・シャルプラッテンの名盤のCDが並べられた中での実施。ややお疲れの様子ではあったが、サイン会でのレーゼルも真面目で誠実そのもの。世間でいえば巨匠ピアニストなのだろうが、そんな大物ぶりな仕草は全くみられない。
レーゼルの前で何と言おうか・・・合唱ではドイツ語で歌うものの、ドイツ語は話せない・・・、英語で「サンキュー・ベリー・マッチ」がやっとだった(^^)そんなたどたどしい英語で挨拶する自分に、にっこりとほほ笑んでくれたのが嬉しかった。(まさにファンの心理!)
そうだ、このサイン、バッハを歌う時のお守りにしよう、とその時思った(^^)
会場の入り口で携帯で記念にパチリ。また来年もレーゼルに再会したいものだ。


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