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ちょっとした出来事が曲を聴くきっかけになったりする。
この休日はモーツァルトのクラリネット協奏曲にひたっていた。まるで温泉につかるかのように。この一週間の疲れを癒すのにぴったりな曲だった。演奏は言わずとしれた名盤、アルフレート・プリンツのクラリネット、カール・ベーム指揮のウィーン・フィル盤('72年9月録音、ムジーク・フェラインザール、ウィーンにて収録、ドイツ・グラモフォン輸入版)。

そのきっかけとは先週、喫茶店の中で流れていたBGMだった。午後から始まる外での会議前に昼食を取るべく、上司と移動中に慌ただしく喫茶店へ。頼んだスパゲティが中々出てこない。時間を気にしながら時計を眺めていると、聴き覚えあるメロディが…、でも曲名が出てこない。先日「熱狂の日」を聴きに行ったモーツァルト好きな上司がすかさず「クラリネット協奏曲の二楽章だね」と当ててくれた。
自分達の慌ただしいさとは無縁の、気品漂う音楽がそこにあった。まるで天上で鳴っている音楽のように。実際、モーツァルト最晩年、死の2ヶ月前の作品。昼食時の、印象に残るひとコマだった。

このベーム盤を初めて聴いたのは高校時代の音楽鑑賞の時間。所属していた吹奏楽部の顧問もしていた音楽担当のナガサワ先生が選んだ一枚だった。既にCDも出ていた時代だったが、ナガサワ先生はLPにこだわっていた。黒板にチョークで「クラリネット:アルフレート・プリンツ、カール・ベーム指揮ウィーン・フィル」と書き足したのを憶えている。今思えばこんな名盤に出会わせてくれるきっかけを作ってくれた事に感謝したい。そういえばワルターの「田園」をLPで聴かせてくれたのもこの先生だったなあ…そんな事も懐かしく思い出した。

自分が所有しているのはドイツ・グラモフォンの'50~'70年代のアナログ期の名盤を取り上げたThe Originalsシリーズの中の一枚。このシリーズはハノーファーのレコーディング・センターでトーンマイスターによって独自のリマスタリング(オリジナル=イメージ・ビット=プロセッシング)が施されている。大事なのは録音当時の臨場感を損なわず、オリジナルマスターの音に近付ける事。アナログ期の温もりある質感が伝わってくるThe Originals盤は、時に最近の録音にもひけを取らない点で信頼している。少なくともソニーのワルター盤の時のような経験は今の所なかった(^^;

喫茶店で流れていた有名な2楽章。'70年代の音とは思えない程、ムジーク・フェラインザールの空間の中にプリンツが音は響き渡るのが感じ取れる。その語りかけるようなフレージングと音色に改めて魅了されてしまった。クラリネット奏者に取って技術的に難易度は高くない曲と思われるが、こういう曲ほど、表現力を問われる曲はないだろう。バックのカール・ベーム&ウィーン・フィルの、しなやかにプリンツに寄り添う伴奏も素敵だ。

頼んだスパゲティは出来上がるのが遅く、塩辛くておまけに冷えていた・・・。「ここでランチはもう取れないね」と苦笑しながら喫茶店を後にし、会議へと急いだ。