2012年も、はや上半期が過ぎようとしているが、様々なニュースが飛び交う中、著名な音楽家の訃報もいくつか飛び込んできた。その一人がモーリス・アンドレ(享年78歳)。“トランペットの神様”と呼ばれる程、トランペット界に大きな影響を及ぼしたスーパースターだった。追悼の意を込めて、現在所有するアルバムから、2枚のディスクをエントリーしたい。(ジャケット写真:中央列)
■トランペットとオルガン作品集
モーリス・アンドレ(トランペット)&ジェーン・パーカー=スミス(オルガン)他
(1977年他録音、Eglise St.Pierre Le Jeune,Strasbourg他にて収録、EMI海外盤)
中学1年生位の頃に初めて聴いたアルバムで、彼の超人的なテクニックと音楽性を感じさせられた一枚。トランペットの独奏曲というと、ハイドンやフンメルの協奏曲といったバロック期の作品を思い浮かべるが、ここではパイプオルガンとトランペットの組み合わせ。教会の豊かな残響の元、縦横無尽に駆け巡るアンドレのソロを堪能できる。アンドレのようなソリストの立場からみれば、譜面にある程度制約される協奏曲よりも、アレンジや即興の効きやすいパイプオルガンとの共演のような形態の方が、ソリストとしての実力をより発揮しやすいのかもしれない。
ここで使用されているのは通常のトランペットより音域の高いピッコロトランペット。彼自身が普及に一役買った楽器で、アンドレはこのピッコロトランペットの表現力についても大きな可能性を示してくれた。アンドレの凄さは、音域、音量、ブレス(呼吸)の三位一体の素晴らしさ。どんなにハイトーンになっても、音が痩せたりせず、むしろ厚みを保ったまま、ピアニッシモからフォルテッシモまでの広いダイナミクスは、驚異的なブレスコントロールの賜物だろう。本アルバムに収録されたクリスマスキャロルとしてもお馴染みのヘンデルの「グロリア」はその典型。グノーの「アヴェ・マリア」やバッハの「G線上のアリア」のようなゆったりとしたカンタータ調の曲は伸びやかに歌い、シャルパンティエの「テ・デウム」やスタンレーの「トランペット・チューン」のようなマエストーソな曲は雄弁に語る。アンドレの音は、まるで歌劇場でオペラのアリアから大合唱までを一人で奏でているかのような変幻自在な柔軟性と存在感がある。当時、アンドレ41歳の油に乗り切った頃の録音。
■アンドレ・ジョリヴェ:トランペット協奏曲第2番
モーリス・アンドレ(トランペット) ジャン・フルネ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
(1976年3月11日録音、コンセルトヘボウにて収録、RCO海外盤)
もう一枚はライヴでのアンドレを。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の自主レーベルの14枚組BOXセットに収録された貴重なライヴ音源で、曲はアンドレと同じフランスの作曲家、アンドレ・ジョリヴェ(1905-1974)の「トランペット協奏曲第2番」(1954年作)。この曲は1991年に来日したホーカン・ハーデンベルガー(b.1961)&NHK交響楽団の共演をN響アワーで聴いた事がある。ここではアンドレならではのセンスが存分に活きており、特にジャズの要素がふんだんに盛り込まれれ、即興的なパッセージやハイトーンが多い3楽章は、アンドレのジャズ・トランペッター的な一面が垣間見えて興味深い。指揮が同じフランス出身のジャン・フルネ(1913-2008)である点にも注目で、当時の現代音楽を積極的に紹介していた様子が窺える。
また、この音源のもう一つの聴き所は、アンコールが収録されている点。フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルのレパートリーにもある「フランス・ルネサンス舞曲集」(ジェルヴェイズ作曲)より「ダンス」の冒頭テーマ部分を、ここでは無伴奏でファンファーレ風に吹き上げている。
まさしくアンドレの面目躍如という所で、アンドレのソロがコンセルヘボウいっぱいに響き渡った後の熱狂的な拍手が、聴衆の興奮ぶりを今に伝えてくれており、感動的だ。