
ここ最近のCD業界では久しぶりに亡き巨匠達が残した音源や映像が発掘・発売されて賑わっている。チェリビダッケと朝比奈隆。二人とも晩年は特にブルックナーを好んで演奏し、聴衆から神格化された存在だった。偶然、ブルックナーの交響曲第5番が昨年末の同時期に、チェリビダッケが1986年の来日時の音源がCD化、片やNHKが1996年に放映した朝比奈隆のシカゴ交響楽団の定期演奏会のライブ映像がDVD化(NHKエンタープライズ)の運びとなった。
この朝比奈氏のブルックナーのDVDを見て2つの点で懐かしさを感じる。一つは1996年当時、大学生だった自分は、このNHKの放映を固唾を呑んで観たものだった。何せ、アメリカで最高レベルの実力を誇るシカゴ交響楽団に、日本人が、しかも当時88歳という高齢の朝比奈隆氏が招かれるというのは、いわば事件ともいうべき出来事だった。
シカゴ交響楽団の金管セクションの素晴らしさ。金管楽器を経験した人なら誰もが一度は憧れるオーケストラだ。トランペット経験者なら何といっても首席のアドルフ・ハーセス。当時既に70歳を超えていたはずだ。そしてホルン経験者なら同じく首席のデイル・クレヴェンジャー。彼らの輝かしい音と響きはまさに金管奏者の憧れであり、彼らのようなスタープレーヤーが奏でる音がシカゴ交響楽団の音を作り出していたといっても過言ではなかった。
ブルックナーの交響曲はまさに金管楽器によるコラールの連続が多い事から、その音と響き、テクニック次第で大きく聴き手側の印象が変わってもくる。個人によっては好き嫌いもあるが、シカゴ交響楽団の金管、特にアドルフ・ハーセスの奏でる音は、トランペットという楽器のイメージそのままの男性的でストレートな響きを持ち、例えていえばホールの端の席に座っていても、すみずみまで鳴り響くダイナミクスを兼ね備えていた。
2点目は朝比奈隆の生演奏に触れた経験がある事。それは九州に居た2001年の4月、大阪フィルハーモニー交響楽団の九州公演だった。曲は上記のDVDと同じ交響曲第5番。その日は仕事先から会場に向かったのだが、天神でバスが渋滞にはまってしまい、福岡シンフォニーホールに大急ぎで駆け込んだのを憶えている。到着した時は既に開演しており、1楽章はステージ後方で立って聴くことに。(2楽章より無事着席!)
終楽章が終わるや否や、スタンディングオベーション。噂には聞いていたが、オケのメンバーが舞台から去っても、朝比奈氏に惜しみない拍手が続いた。当時御年92歳。その姿は、晩年になって神格化された感のあるカール・ベームの姿と重なってみえた。その後、惜しくも当年12月に亡くなった。
さて、DVDで観た朝比奈氏だが、特典映像が貴重。日本を旅立って現地でリハをする様子、シカゴ交響楽団総支配人のヘンリー・フォーゲルや、嬉しいことにアドルフ・ハーセスのインタビューも収録されている。これを見るといかにシカゴ響のメンバーが朝比奈氏に期待していたかが分かるし、何より総支配人の情熱がこの演奏会を実現させた事がよく分かる。そしてシカゴの聴衆の寛大なハート。公演後の聴衆の満足げな様子を見ていると、オーケストラを支えているはやはり聴衆だな、とつくづく感じる。オーケストラ側もスタンディング・オベーションを受け、彼らのプレーヤーとしての自負心やアーティストとしての誇りが伝わってくる。オーケストラと聴衆の阿吽の呼吸こそが名演を生み出す環境づくりにつながっているのだろう。
4楽章後半の大伽藍の金管コラールは、アドルフ・ハーセスが顔を真っ赤にしながらハイトーンを見事に吹ききっていた。マエストロの御年のパワーと金管セクション最高齢にして首席奏者の座を維持しているハーセスの実力には敬服するほかない。
余談を。収録された音質はオンマイク気味でデッドに鳴りすぎており、ホール残響がうまくとらえきれていなかったのは残念。ハーセスの音がはっきりと聴けるのはありがたいが・・・(^^;
それと映像をよく見てみると、ホルン首席のクレベンジャーの前にいるチェリストが何と耳栓をしている!これはクレベンジャー対策なのか?それとも自分の音だけに集中するためなのか?映像って思わぬ発見もあるものだ(^^;