いよいよロンドン五輪開催も間近に迫った。以前、五輪を記念してエルガーの「愛の挨拶」を取り上げたが、エルガー作品でオリンピックにもふさわしい祝典的な曲といえば、やはり「威風堂々」の第1番(1901年作)を抜いて他にないだろう。以前、有名なトリオの旋律を用いた「戴冠式頌歌(Coronation Ode)」という曲や、実演での合唱付き「威風堂々」についてもエントリーしたが、未だに忘れられない感動体験といえば、1997年のロンドン・ホームステイで経験したBBCプロムスのラスト・ライトで、ロンドンっ子とともに歌った「希望と栄光の国(Land Of Hope And Glory)」の大合唱だろう。
今回は英国オケでもロンドンの5大オケ(BBC響、フィルハーモニア管、ロイヤル・フィル、ロンドン響、ロンドン・フィル)に絞って、名演を取り揃えてみた。偶然性も重なったが、ユニークだったのは、タイプによって2つの演奏に分類できたこと。一つは、前半の行進曲から中間部のトリオに移る際、テンポが基本的に落ちず、あくまで行進曲の延長のような形でトリオが描かれた演奏(①A→A'のタイプ)。もう一つは、トリオではぐっとテンポを落とし、前半の行進曲とは別場面としてトリオが描かれた演奏(②A→Bのタイプ)。面白いのは、今回エントリーした音源の内、①のタイプは英国系の指揮者、②のタイプは英国以外の指揮者にみられたことだ。ロンドン五輪での日本人選手の活躍を祈りつつ、以下、①②の順で感想を綴ってみたい。(ジャケット画像:左上より時計回り)
【英国系の指揮者による①A→A’のタイプ】
■サー・エイドリアン・ボールト指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
(1976年録音、EMI海外盤)
英国指揮者の重鎮、ボールト(1889-1983)によるもの。「威風堂々」のスタンダードといえる演奏で、多少粗削りな所はあるものの、当時87歳である事を感じさせないエネルギーが漲っており、英国指揮者とオケが創り上げたに一つの理想形といえるだろう。ロンドン・フィルといえば、個人的には長年ロンドン・フィルから信頼の厚かったテンシュテットによるエルガーも聴いてみたかった。
■ノーマン・デル・マー指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
(1975年、ギルドフォード大聖堂にて収録、グラモフォン海外盤)
マイベスト盤。全体を通じ威風堂々なオーラが発っせられており、行進曲としての一面と、ノーブルさを併せ持った演奏。詳細は以前エントリーしているので、そちらに譲りたい。デル・マー(1919-1994)は1975年のBBCプロムスのラストナイトでもタクトを振っており、セッション録音ながら当夜の興奮ぶりを今に伝えてくれている。大聖堂による豊かな残響によるサウンドも心地良い。ロイヤル・フィルは他にメニューイン盤やプレヴィン盤によるレコーディングもあり、名盤を多く残している。
■バリー・タックウェル指揮 ロンドン交響楽団
(1988年4月録音、ウォルサムストウ・タウン・ホールにて収録、lMP海外盤)
タイプ①に分類される典型的な例。実に筋肉質な「威風堂々」で、中間部のトリオも前半の行進曲のテンポ感やスタイルを基本的に崩さず、一直線に突き進んだストレートな演奏。ブラス・セクションが豪快に鳴っているのは、ロンドン響に1955年から1968年まで13年在籍した元首席ホルン奏者で、ロンドン響の特性を見極めたタックルウェル(b.1931)の性分ゆえかもしれない。ロンドン響による音源は意外と少なく、今後、もし叶うならば英国音楽と相性の良いコリン・デイヴィスによる「威風堂々」も聴いてみたいものだ。
【英国以外の指揮者による②A→Bのタイプ】
■レナード・バーンスタイン指揮 BBC交響楽団
(1982年4月録音、ワトフォード・タウン・ホールにて収録、グラモフォン海外盤)
バーンスタイン(1918-1990)とBBC響による一期一会の貴重な共演。BBC響はBBC放送の主催者として、プロムスのラスト・ナイトをはじめ、「威風堂々」に関しては、おそらく最も演奏回数の多い楽団ではないだろうか。バーンスタインは英国ではロンドン響と密な関係を築いていただけに、BBC響との共演は意外性があったが、もしかしたらエルガー作品のレコーディングにあたり、バーンスタイン側から何らかの働きかけがあったのかもしれない。中間部はさらっと流す事なく、粘りを持って歌わせているあたりがバーンスタインらしい。作品への共感とバーンスタインならではの祈りが相まった「威風堂々」だ。
■ジュゼッペ・シノーポリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団
(1991年2月録音、ワトフォード・タウン・ホールにて収録、グラモフォン海外盤)
エルガーと並ぶ英国を代表する作曲家、ウォルトンの作品集でも名盤を残しているフィルハーモニア管によるもの。シノーポリ(1946-2001)はフィルハーモニア管と交響曲を含め、エルガー作品をいくつか残している。こちらもタイプ②に分類される典型的な演奏で、トリオ部を前半の行進曲とは別アプローチでいくあたり、バーンスタインとの共通点を感じる。フィルハーモニア管も「威風堂々」の音源が少ない為、今後に期待したいところだ。