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平成という一つの時代が節目を迎えようとしている中、今から28年前の1991年(平成3年)、自分が高校生だった頃の貴重な思い出の一つに、伝説の名門ブラス・クインテット、エンパイア・ブラスの来日公演がある。会場はサントリーホール。当時憧れのブラス・クインテットの実演に間近に接し(客席は確かステージから10mほどの至近距離だった)、彼らの卓越した演奏とパフォーマンスの素晴らしさに感動したのを憶えている。幸いにも当時のプログラムが記載されたチラシがサントリーホールのHPにアーカイブされており、記憶が徐々に蘇ってきた。
(↓サントリーホールアーカイブ)
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/archive/det.html?data_id=2997

振り返れば、高校時代、吹奏楽でトランペットを吹いていた自分にとって、バック(Bach)のトランペットに憧れ、高校2年でバックのトランペットに買い換えたのは、エンパイア・ブラスのリーダーであるロルフ・スメドヴィグの存在が大きい。ちょうどその頃、エンパイア・ブラスのアルバムが多数リリースされている中で出会った一枚が、今回エントリーする「エンパイア・ブラス・イン・ジャパン」(画像上段、右上が表ジャケット、左上が裏ジャケット、右下がケース裏面)というCDアルバム。彼らの音源はEMI及びTELARCレーベルからのリリースが主だったが、本アルバムは1986年の来日時に行われたソニーによる国内唯一のレコーディングで、希少性の高い音源。クラシックからジャズ、マーチまで多岐にわたるレパートリーがぎゅっと凝縮された、まさにエンパイア・ブラスの魅力が詰まったアルバムとなっている。収録曲は以下の通り。(エンパイア・ブラスは“エムパイア・ブラス”と表記されるケースがあるが、エンパイアに統一した)

1.ドビュッシー: 前奏曲(「ベルガマスク」組曲より)
2.ドビュッシー:サラバンド(「ピアノのために」より)
3.ドビュッシー:夏の風の神、パンに祈るために(「6つの古代の墓碑銘」より)
4.ドビュッシー:雪の上の足跡(前奏曲集第1巻」より)
5.ドビュッシー:亜麻色の髪の乙女(前奏曲集第1巻」より)
6.ラヴェル::高雅で感傷的なワルツ
7.ラヴェル:ハバネラ(「耳で聞く風景」より)
8.トゥリーナ:饗宴(交響詩「幻想舞曲集」より)
9.ジュナン/アーバン:ベニスの謝肉祭(トランペット独奏)
10.メンデス:ロマンツァ(トランペット独奏)
11.モンテルデ:マカレナの乙女(トランペット独奏)
12.ボザ:森にて(ホルン独奏)
13.クライスラー:愛の悲しみ(ホルン独奏)
14.ヴォーン・ウィリアムス:テューバ協奏曲より第1楽章(チューバ独奏)
15.コール・ポーター:リーダー・オブ・ア・ビッグ・タイム・バンド
16.チェスキィ:セントラル・パークの朝
17:ジェリー・ロール・モートン:ブラック・ボトム・ストンプ
18:ファッツ・ウォーラー:浮気はやめた
19:聖者の行進(サミュエル・ピラフィアン編曲)
20.スミス:ブギー・ウギー
21.スーザ:星条旗よ永遠なれ

エンパイア・ブラス
ロルフ・スメドヴィグ(トランペット)、ティモシー・モリソン(トランペット)、マーティン・ハックルマン(ホルン)
スコットA.ハートマン(トロンボーン)、サミュエル・ピラフィアン(チューバ)
(1986年9月26・29日、昭和女子大学人見記念講堂にて収録、SONY国内盤)


1-5曲目はドビュッシーのピアノ作品だが、1曲目の「前奏曲」は原曲のピアノ版を上回るのではないかと思うほど、今も魅力を感じるお気に入りの演奏。ストレートで音に芯がありながら、ふくよかさも併せ持ったスメドヴィグの美しい音色にまず惹きつけられる。そして五本の金管楽器だけで演奏されているとは思えないほどの密度の高い響きが空間いっぱいに広がっているのだ。ホールの残響成分が多めにとられた録音も印象派の作品の演奏にマッチしている。
9-14曲目は、ソリスト揃いのエンパイア・ブラスのソロの妙技が味わえる選曲。ロルフ・スメドヴィグのトランペット、マーティン・ハックルマンのホルン、サミュエル・ピラフィアンのチューバのソロがそれぞれ味わえるが、ヴォーン・ウィリアムスのテューバ協奏曲を5人で演奏してしまうあたりも彼ららしい選曲。
一方、後半15-20曲目のジャズは、アメリカ発のエンパイア・ブラスにとって、まさに本領発揮となる選曲で、ジャズ・プレイにも長けた彼らの一面が味わえる。「リーダー・オブ・ア・ビッグ・タイム・バンド」での軽快なチューバ・ソロ、「ブラック・ボトム・ストンプ」「ブギー・ウギー」での絶妙なスウィング、そして「聖者の行進」では編曲を手がけたサミュエル・ピラフィアンのチューバ、トロンボーン、ホルン、トランペットの順でソロのバトンが受け渡しされ、メンバーがノリに乗っているのが伝わってくる。本アルバム4年後の1990年にTELARCで録音されたジャズ・アルバム(ジャケット画像:左下)で、この15-20曲目に収録されたの6曲の内、4曲(15、17、19、20)をギター・ベース・ドラムのリズム隊を加えて再録しているが、本アルバムの5人のアンサンブルだけでも、十分なグルーヴを感じ取ることができる。
そして、極め付けは「星条旗を永遠なれ」の金管五重奏版。原曲ではピッコロがソロをとる中間部をなんと、チューバが吹いている!

もう一点、このアルバムで嬉しい点は、敬愛するティモシー・モリソン(b.1955)が参加している点。1984年にモリソンはエンパイア・ブラスに参加するが、その後、1987年にボストン響で首席奏者として活躍。特にボストン・ポップスでは当時常任指揮者だったジョン・ウィリアムズに見出され、映画「7月4日に生まれて」(1989年)をはじめとするサントラや、彼のソロを念頭に置いて作曲されたアトランタオリンピックのテーマ曲「サモン・ザ・ヒーロー」(1996年)など、彼の実力と名声を高めることになった。他のメンバーは交代を繰り返しながら、エンパイア・ブラスを離れた後も、オケやソロで各々に活躍しているが、リーダーのロルフ・スメドヴィグは、2015年4月に62歳の若さで亡くなっていたことを数年前に知った時はショックだった。

当時まだ33歳だったロルフ・スメドヴィグ率いるエンパイア・ブラスを知る貴重なドキュメントとして本ディスクはまさに伝説の名盤といえるだろう。これからも愛聴していきたい。
(↓海外アマゾンでは本アルバムの配信が見つかった)
https://www.amazon.com/Empire-Brass-Hitomi-Commemoration-Auditorium/dp/B0013AUZSI


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