最新ディスクからもう一枚を。
これまで木管四重奏版に始まり、弦楽3重奏版、金管五重奏版と様々なアーティストによるトランスクリプションに出会ってきたバッハの「ゴルトベルク変奏曲 BWV.988」。ここにきて、また新たな一枚に出会う事になった。パイプオルガンによる「ゴルトベルク変奏曲」。編曲及び演奏はハンスイェルク・アルブレヒト(2007年4月27~30 日録音、 バート・ガンデルスハイム、参事会教会にて収録、Oehms輸入盤)によるもの。2000年製のオルガンを使用しての録音だ。
このディスクを知るきっかけとなったのは、今月号の「レコード芸術」2月号の特集「リーダーズ・チョイス」の中の“2007年に繰り返し聴いたディスク”というコーナーの中で、ある読者の方が投稿していた下記のコメントだった。
「朝聴くとすがすがしい一日が始まり、昼休みにBGMとして聴くとその日の仕事がはかどる。夜聴くと一日の疲れが癒され、深い眠りへと誘ってくれる。そんな良薬のようなディスクです。」
普段、音楽をうまく生活の中に取り入れて聴いている方なのだと思う。自分自身、バッハの作品は一日のリズムを作るのに適した音楽である事を以前から感じていたが、この方は日々の生活の中でうまく活用されているのだろう。昼休みのBGMにする程だから、iPodで聴いているのかも・・・(^^)
今までバッハのトランスクリプションの素晴らしさに、すっかりはまっていた自分にとって、この記事を読んですぐに聴きたくなったのも無理はない(^^;
今までありそうで存在しなかったパイプオルガンによるトランスクリプション。これまで上記のディスクで取り上げた、各々の奏者の緻密なアンサンブルから生まれるハーモニーとは違い、ピアノやチェンバロと同様の鍵盤楽器によるソロ演奏。違うのは持続音を奏でる楽器であるという点だ。
主題の「アリア」から何の違和感もなくオルガンの音色がすっと耳に入ってくる。心が癒される、いつもの「アリア」。第16変奏や第29変奏あたりでペダルも使用され、重厚なオルガンサウンドが奏でられると、むしろ元々この曲、パイプオルガンの曲なのでは?と思ってしまうほど。どんなトランスクリプションとして生まれ変わっても曲の骨組みは変わることがない。ここにバッハのすごさを感じる。
パイプオルガンは10年前にロンドンのセントポール大聖堂でパイプオルガンの実演に接してから、本格的に興味を持つようになった。天井から音がまさしくシャワーのように降り注ぎ、大空間の残響の中で長く漂う‘生きた’音に感動したものだ。こういう演奏を聴いたらまた感動するだろうなあ(^^)
ここで演奏者のプロフィールを。ドイツ出身のハンスイェルク・アルブレヒト(b.1972)は、ほぼ自分と同年にあたる世代だ。ドレスデン聖十字架教会聖歌隊のメンバーとなり、カウンター・テナー歌手を務めた後、オルガンとチェンバロを学んでいる。ペーター・シュライヤーのアシスタントとして日本を含め世界中を回ったこともあるという。
またドイツの名門オケ(バイエルン州立歌劇場管弦楽団、北ドイツ放送交響楽団)での指揮の経験もあり、2005年よりあのカール・リヒターが創設したミュンヘン・バッハ管弦楽団&合唱団の音楽監督に就任。まさに21世紀のカール・リヒターという存在になっていきそうな気配のある、気鋭の演奏家だ。ドイツで「マルチな鬼才オルガニスト」と呼ばれるもの納得できるような気がする(^^)以前もワーグナーの「指輪」のパイプオルガン版にも挑戦しているが、新たなパイプオルガンの可能性を示そうするこのような試みは重要だと思う。
HMVのサイトで紹介されていた彼のコメントが参考になったので、最後に引用しておきたい。
(SACDのマルチ・チャンネルモードでも聴いてみたかった・・・)
「私はバッハの研究中に、「ゴルトベルク変奏曲」が最高のバッハの鍵盤楽器のための作品であることを実感しました。この魅力的な作品は感情や色彩だけでなく、演奏者にとって最も技術を要求する作品でもあります。この曲は、バッハは2段式マニュアル・チェンバロで演奏するように指定しており、イタリア協奏曲やフランス風序曲もこの楽器を指定しています。現代においては伝説的なグールドの録音以来、グランドピアノでも演奏されています。チェンバロでもピアノでも演奏者の考えによって、色彩豊かな音を出せる楽器で演奏するべきであることを要求しているのです。
さて、もう一つ重要な鍵盤楽器としてオルガンの可能性があります。バッハ自身、ヴィヴァルディなどのイタリア風協奏曲をオルガン1台用協奏曲に編曲を多数試みています。もちろんゴルトベルク変奏曲は、2手のための作品なので、足鍵盤用の適した音を抜き出し(付けたし)、多彩な音の洪水にならないように置き換えることは大変困難な事でした。また、決してバロック時代の、バッハの作曲様式を崩してはなりません。よって、この編曲版を演奏するには、色彩豊かな音色を持つだけでなく、このような表現を完璧に演奏可能なオルガンと空間でないと演奏はうまくいきません。私が演奏旅行の中で見出した最適な楽器に出会ったとき、この編曲版の演奏をしようと決心しました。バート・ガンデルスハイムの参事会教会のオルガンは、中型の新しい楽器ではありますが、見事にバロック様式の流れを汲んだその当時の様々な音色を出すことができる楽器です。
ここに私の編曲とそのベストな楽器での演奏を、皆様にSACDのマルチ・チャンネルを使用して、教会の空間に広がる散りばめられた色彩豊かな音楽をお聴きいただくことが可能となりました。」(ハンスイェルク・アルブレヒト)