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11月3日から全国公開予定の映画、「僕のピアノコンチェルト」(原題:Vitus スイス)の試写会に行ってきた。
今年一番感動した映画になったかもしれない。それほど自分にヒットした映画だった。
映画を見終わった後、すぐにタワレコでサントラ(ソニー・クラシカル国内盤)を購入。主人公の12歳の少年が映画のフィナーレで演奏したシューマンのピアノ協奏曲終楽章の素晴らしい演奏をもう一度聴きたいと思ったからだった。収録はスイスの名門ホール、チューリヒ・トーンハレで、ハワード・グリフィス(指揮)&チューリヒ室内管弦楽団との共演によるもの。
驚くべきはエキストラの客を入れて演技をした映像ではなく、実際の聴衆からチケット料金を徴収して行ったコンサートのライブ収録という点。映画で見られる演奏後のスタンディング・オベーションも聴衆の自発的なものだという。

普通なら主人公の演奏シーンは吹き替えが通常。しかし、この映画は主人公自身による演奏なのだ。彼の名はテオ・デオルギュー。イギリスのパーセル・スクールで学ぶ撮影当時12歳の少年が映画に起用されている。
それは12歳で本格的なピアニストとしてデビューした少年にとっての新たな人生の始まりを象徴するシーンでもあった。

近年、役者のタレント性がともすると強調されがちな映画が多い中、監督はテオ・デオルギューに出会うまで、約20年もの間、この映画の構想を温めていたという。それだけに監督の一途なまでのこだわりを感じさせる。素晴らしいピアノの才能を持った少年であるというだけでなく、彼の愛嬌ある性格は、通常の役者と何ら変わりない演技力を兼ね備えた逸材だと思う。

テオ・デオルギューはこの映画の中で役者として演技をしながらも、様々な曲を演奏している。サントラに収められている彼自身の手による演奏は以下の通り。

・シューマン:ピアノ協奏曲イ短調 作品54~第1楽章
・リスト:ハンガリー狂詩曲第6番変ニ長調
・ラヴェル:道化師の朝の歌
・スカルラッティ:ソナタ ホ短調 K263
・バッハ:ゴールドベルク変奏曲 BWV988~第29変奏、第30変奏(II)、アリア
・リスト:ラ・カンパネッラ
・モーツァルト:レクイエム ニ短調 K626~涙の日(ピアノ共演版)
・モーツァルト:ロンド イ短調 K511
・シューマン:ピアノ協奏曲イ短調 作品54~第3楽章

とても12歳とは思えないレパートリーだ。映画の中でモーツァルトのレクイエム~涙の日のCDを流しながらテオ・デオルギューがピアノで共演するシーンがあるが、このサントラにも収録されていたのが嬉しい。

主人公がピアノを弾く外国映画という点では、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の「海の上のピアニスト」を彷彿とさせるし、主人公の少年と祖父との心温まる交流も描いているという点においては、主人公の少年トトと映画技師アルフレートとの交流を描いた「ニュー・シネマ・パラダイス」を彷彿とさせる。

人は誰でも人生において様々な局面を迎える。
主人公は並外れた才能を持った"天才少年"として、同年代の仲間達と同じ生活に迎合できない少年として扱われながらも、映画を通して描かれているのは夢や希望、家族や人間愛といった普遍的なもの。特に少年を精神面において支えた祖父との心温まる交流は胸をきゅんとさせる。日本人が日々の生活において忘れかけていた何かをこの映画は気付かせてくれるような気がした。
余談だがリストラやインターネットバンキング等、昨今の世相を反映したシーンは今や世界共通である事を認識させられた。

シューマンのピアノ協奏曲はペーター・レーゼルのような、ベテランの熟した味わいもいいが、テオ・デオルギューのような、真の若さでみずみずしさ溢れる演奏も実にいい。

8月30日には記者発表を兼ねたテオ・デオルギューのお披露目コンサートが紀尾井ホールであったそうだが、聴けなかったのが残念。この時彼は既に15歳を迎えていたが、天才少年ピアニストというには不釣合いな位、すごく真面目で謙虚な人柄だったという。

本格的なピアニストを目指すべく、映画への出演は今回が最初で最後だというが、今回の映画出演がきっかけとなって、知名度が一気に高まったという意味では彼は大きなチャンスをつかんだに違いない。これから成長が楽しみな若手ピアニストの今後の活躍を応援したい。


《参照マイブログ:今年見た音楽映画》
①「人間ベートーヴェン」像~映画『敬愛なるベートーヴェン』を見て~
②人間として、芸術家として~映画「ロストロポーヴィッチ 人生の祭典」を見て