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ヘンデル作品の中で「オンブラ・マイ・フ」と並ぶ名旋律の秘曲がある。歌劇「ベレニーチェ」の中の「序曲」(もしくは「メヌエット)という曲で、ゆったりとしたテンポの中、気品を讃えるノーブル(高貴)な旋律は、「オンブラ・マイ・フ」のそれを感じさせるものがある。「オンブラ・マイ・フ」程の知名度を獲得していないのは、歌唱曲(歌劇「クセルクセス」の第一幕で歌われる)ではないという理由もあるようだ。それゆえに、もっとスポットが当たってもいいと思える曲だと思う。
今回は3つの「ベレニーチェ」に、「オンブラ・マイ・フ」を含めて聴いてみたい。演奏はいずれもイギリスの団体で、内2つはロンドン交響楽団によるもの。マエストロ達のヘンデルへの敬愛ぶりも窺われて興味深い。(ジャケット画像:左上より時計回り)

①チャールズ・マッケラス指揮 ロンドン交響楽団
 ('56年録音、アビー・ロード・スタジオにて収録、Testament輸入盤)


今年83歳を迎える巨匠、サー・チャールズ・マッケラス(b.1925)の31歳当時の若き日の録音(ジャケット写真も若い(^^))。当時「水上の音楽」のカップリングとして録音されていた。「ベレニーチェ序曲」と表記されているが、ヘンデル本人の原譜ではなく、Whitakkerによる編曲で、約5分弱で演奏されるメヌエットとなっている。ストリングス・セクションだけで奏でられるサウンドに、一聴して惹きつけられる。
どこかノーブルさを感じさせる旋律は、20世紀に入っても、エルガーやウォルトンの作風に受け継がれているように思う。マッケラスはヘンデルを得意とする指揮者の一人だが、華麗な作風だけではないヘンデルの一側面にスポットを当てている事からも、彼のヘンデルへの敬愛ぶりが窺われる。
1956年という半世紀以上前のステレオ録音の時代の録音ながら、見事な音で現代に蘇らせるTestamentレーベルの技術力の高さにも驚かされる。

②リチャード・ボニング指揮 イギリス室内管弦楽団
 ('67年7月録音、DECCA国内盤)


最近再発されたヘンデルの序曲集のアルバム。この「ベレニーチェ」の序曲が収録されている事を知ってすぐさま購入した(^^)指揮はバレエ音楽のスペシャリスト、リチャード・ボニング(b.1930)によるもの。ここでは、歌劇の中で用いられる3つの楽曲が「序曲」として一つにまとめられており、演奏時間も約8分と長い。有名なメヌエットは3つの楽曲の2つ目に登場する。
ここではチェンバロによる通奏低音も加わり、ロマンティックな作風に仕上がった上記のマッケラス盤に比べると、よりヘンデル時代に近いスタイルとなっており、バロック音楽として純粋に楽しめる演奏だと思う。
DECCAがストリングス・セクションのサウンドをクリアに捉えており、録音も素晴らしい。

③フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル
 ('81年10月録音、キングスウェイホール、ロンドンにて収録、DECCA輸入盤)


初めてこの「ベレニーチェ」(ここではマッケラス盤と同様、「メヌエット」部分の演奏)に出会ったのが高校時代に出会ったフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル盤によるものだった。バッハやヘンデルの作品はブラス・アンサンブルへのトランスクリプションも実によく似合う。金管楽器による演奏は、ストリングスとは違った意味で、この曲の高貴な雰囲気を伝えてくれる。
アルバムでは2曲目に収録されているが、1曲目の「シバの女王の入場」の華やかで躍動的な曲とは対照的な分、ノーブルさが引き立っている。これもフィリップ・ジョーンズの選曲眼なのだろう(^^)

そして、やはり最後は「オンブラ・マイ・フ」も聴いてみたい(^^)

○ジョージ・セル指揮 ロンドン交響楽団
 ('61年8月録音、キングスウェイホール、ロンドンにて収録、DECCA輸入盤)


ジョージ・セル(1897-1970)がロンドン響と共演した数少ない録音の一つで、「水上の音楽」「王宮の花火の音楽」と共に、カップリングされていたもの。マッケラスと同様、アルバムの最後に収録されている。どちらかといえば線の細いストリングスの旋律も、セルが振ると厚みをまし、実に雄弁な曲に変貌するから不思議だ。ストリングス版「オンブラ・マイ・フ」の一つの模範的な演奏といえるだろう。

270年以上前に作られた曲が、現代においても多くの人々を感動させる。クラシックの魅力はそんな所にもある。