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この上半期は、ディートリヒ・フィッシャー=デュースカウ(享年86歳)、畑中良輔氏(享年90歳)の国内外の大御所声楽家の訃報も入った。デュースカウはドイツ・リートの巨匠として、また、畑中氏については、デュースカウと同じバリトン歌手というだけでなく、指揮者や文筆家としても著名だった。前回のモーリス・アンドレに引き続き、今回も追悼の意味合いで、過去に取り上げた曲も含め、彼らのディスクを聴きながらご冥福を祈りたい。(ジャケット画像はフィッシャー=デュースカウのもの:左上より右回り)

【ディートリヒ・フィッシャー=デュースカウ】
■マーラー:「さすらう若人の歌」「子供の不思議な角笛」
ダニエル・バレンボイム指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
(1989年録音、フィルハーモニー、ベルリンにて収録、ソニー海外盤)


まずはオケとの共演盤から。初めてデュースカウの音源を購入したのがこのアルバムだった。きっかけはソニーが1990年に「ソニー・クラシカル」として生まれ変わった新たなレーベルの第一弾のレコーディングだった事に加え、マーラーの声楽曲にも関心を持っていた時期に、本アルバムがリリースされたタイミングが重なったのかもしれない。過去何度もレコーディングを残しているマーラーの最新の音源。当時64歳のデュースカウの、オケとの共演を隈無く堪能できる演奏。彼自身は1993年に引退しているから、現役時代の後期にあたる。ここでは同郷でもあるベルリン・フィルを伴奏に従えながら、力で張り合う事はなく、実に伸び伸びと歌い上げている。それは前回のレコーディング(1978年)ではピアニストとしての共演だったバレンボイムの指揮にも現れており、伴奏を誇張する事なく、ひたすらデュースカウのソロに寄り添うオケからも窺える。

■シューベルト:歌曲集「美しき水車小屋の娘」
フィッシャー=デュースカウ&ジェラルド・ムーア(ピアノ)
(1971年頃録音、グラモフォン海外盤)


続いて独唱盤を。ドイツ・リートを代表する作品といえばシューベルト。本アルバムは恥ずかしながら、購入後あまり聴く機会がないままでいたので、今回、改めてじっくり聴き入ってみた。デュースカウのディスコグラフィーを代表するであろう一枚で、彼のリリカルな歌声が、シューベルトの作風に実にマッチしている。当時46歳で声楽家としても油に乗っていた時期と思われる。

■バロック・デュオ・コンサート(シュッツ、ヘンデル他)
フィッシャー=デュースカウ&ジャネット・ベイカー(ソプラノ) ジョージ・マルコム(チェンバロ)
(1970年2月録音、ロイヤル・フェスティバルホールにて収録、EMI国内盤)


貴重なライヴ音源についても取り上げておきたい。これは1970年に行われた公演の模様を収めたもの。デュオながら、声量に厚みがあり、まるで大人数での合唱をきいているよう。16世紀のバロック期に書かれた曲が中心だが、その作風はルネサンス期の、ジョスカン・デ・プレともどことなく似ている。ここでのデュースカウは実に宗教曲的なアプローチ。ロンドンっ子の熱い拍手に応えて熱唱している様子が窺える。特にヘンデル「冥府へと落ちて行くのだろうか、ああ」は、素晴らしい。また、ここではチェンバロの大家、ジョージ・マルコム(1917-1997)がオルガンで伴奏を務めているのも貴重だ。

【畑中良輔】
■チャイコフスキー:「歌曲集」
■シューベルト:Gott meine Zuversicht(詩編23篇「主は我が牧者」)
畑中良輔指揮 関西学院グリークラブ
(1989年1月29日大阪フェスティバルホールにて収録、SAM RECORDS)


畑中氏は男声合唱の世界では北村協一氏(1931-2006)と並んで重鎮の一人だった。特に慶應義塾ワグネル・ソサエティー男声合唱団の常任指揮者として半世紀近く指導を続けており、男声合唱界に多大なる功績を残した。指揮者、畑中氏として自分にとって印象深いのはチャイコフスキーの「歌曲集」。詳細は以前エントリーしたのでそちらに譲りたい。アンコールではシューベルトの「Gott meine Zuversicht」(詩編23篇「主は我が牧者」)が収録されており、名曲「夜」(Die Nacht)と並ぶ、極上のシューベルトが聴ける。