終結部の壮大なコーダが終わった後、「オーッ!!」という歓声が一斉に会場から沸きあがった。演奏されたのは青少年のための管弦楽入門」(副題:パーセルの主題による変奏曲とフーガ 作品34)。タイトル通り、管弦楽の入門曲として知られる名曲であり、作曲者ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)の代表作だ。時は1977年7月23日、ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ。7月下旬の録音なので、BBCプロムスの開幕直後なのだろう、当夜のロンドンっ子の熱狂ぶりと共に、自国の作品でもあるこの曲が、彼らにつくづく愛されている曲なんだなあ、と感じさせられた。
サー・チャールズ・グローブズ指揮 ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
('77年7月23日録音、ロイヤル・アルバート・ホール、ロンドンにて収録、IMPクラシックス輸入盤)
同曲が収録されたディスクはこれまで数多く聴いてきたが、まぎれもないマイベスト盤となった。
こんなにも共感を持って演奏された事があっただろうか。名曲コンサートの定番曲だけに、ともすると手を抜かれて演奏されがちになる曲だが、ここではオケも指揮者も真剣勝負の気迫が漂ってくる。このライヴの前年の12月に、ブリテンは63歳で死去しており、当夜の演奏はそんなブリテン追悼の意味合いもあったのかもしれない。終演後のロンドンっ子の熱狂ぶりは、まぎれもなく、ブリテンへの敬愛と、演奏者の熱演に感化されての反応だったのだろう。
今回、ライヴ録音に遭遇した事も幸いだった。通常、この曲はセッション録音の後、別録にて物語風のナレーションが吹き込まれ、入念な編集を経てアルバム化されるのが一般的な中で、ナレーションのない演奏スタイルだった事が、この曲の副題となっている「パーセルの主題による変奏曲とフーガ」の核心をよく伝えてくれている。
今回このディスクをマイベスト盤とした理由がいくつかある。以下にコメントしたい。
○指揮がイギリス音楽界の重鎮、サー・チャールズ・グローブズ(1915-1992)であった事。
当時62歳で、イギリス音楽界では巨匠の域に入っていた頃のライヴとなる。自分の中では、これまで小品を中心とした名曲アルバム系の指揮者、という位のイメージしかなかったが、このBBCプロムスのライヴ音源を聴いて以来、当時のイギリスの音楽界での存在感の大きさを改めて窺わせてくれた。折しも、1963年から務めてきたロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管の首席指揮者の最後の任期の年でもあり、オケもグローヴズのタクトに実に機敏に、そして雄弁に応えている。彼らの長年の信頼関係を今に伝えてくれる、貴重な音源だ。
○同アルバムに、この曲の主題となっているパーセルの劇付随音楽「アブデラザール」が
別途収録されている事。
「青少年のための管弦楽入門」の主題となった曲で、バッハと同時期に生きたヘンリー・パーセル(1659-1695)の「アブデラザール」の中の「ロンド」がその元となっている。「青少年のための管弦楽入門」が作曲されたのは1945年だから、約250年も前に作曲された主題でいながら、今聴いても全く前時代的なものは感じない。ここでは5曲の組曲形式で演奏されており、「青少年のための管弦楽入門」のオリジナル曲、という位置づけで聴いても勉強になる。
○しかも、その曲を指揮しているのは、映画「戦場にかける橋」でお馴染みのサー・
マルコム・アーノルド(1921-2006)である事。
作曲家でなく、指揮者としての貴重なライヴ録音。「青少年のための管弦楽入門」と違い、ストリングスセクションだけでの演奏ながらも、フル編成に迫る重厚感が漂った名演だ。粘着性を効かせたストリングスの、息の長いまとめ方が、アーノルド独特で、興味深い。