ショートストーリー「風をあつめて」 | 手ぶloveの「諸行無常のソナタ」

手ぶloveの「諸行無常のソナタ」

アル中地獄からの解脱と共に解き放たれた世界。
色即是空のことばたちが
縦横無尽に駆け巡る。哀愁の人間讃歌。手ぶらワールドへ
ようこそ!

「風をあつめて」
作.手ぶlove


うだるような暑さの中

吉田ヒロシは扇風機にあたっていた。

部屋にこもった熱のせいで
首を振る風は生暖かかった。

それでも、日がな一日中、
陽に照らされて仕事をした
ヒロシにとっては充分、涼しかった。

ヒロシはビラ配りの仕事をしていた。

「まったくビラなんか配ったってよ
誰も受け取りゃしねぇ…
何が激安王だよ…普通じゃねーか」

ヒロシはくだを巻きながら
扇風機に顔を近づけて
額の汗を拭った。

「この…風…どこかで」

ヒロシは扇風機の風にそよぐ
髪の毛を掻きあげながら
ふと、父のことを思い出した。








あれは幼少の頃

セミの声で、いっぱいの公園でのことだった

幼かったヒロシは
父のその大きな背中に乗って
木に留まっているセミ目掛けて
虫取り網を精一杯降った。

「よ~し!ヒロシ!でかしたぞ!
よく取ったぞ!ミンミンゼミだ!
セミの王様だ!ハッハ!」

そう言うと父はミンミンゼミを
虫かごに入れてくれた。

父は汗だくで喜ぶヒロシの顔を
嬉しそうに覗き込みながら

被っていた麦わら帽子で
ヒロシの顔を扇いだ。

風が涼しかった。



あの夏の日の終わり

秋の虫たちが鳴き始めて
夏の終わりを告げる頃…

父は死んだ。



「父さん…何でだよ」



そう呟きながら
扇風機を眺めていると



そっぽを向いていた扇風機が
こちらを向いた。




「父さん」







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楽曲「風をあつめて」プリシラ.アーン