静岡大道芸オープンカップ
『審査する立場から見えたもの』
今回、静岡大道芸オープンカップにて、市民審査員という大変貴重な機会をいただきました。
普段は一人の観客として、純粋に大道芸を楽しんでいる私ですが、今回は「観る側」でありながら「評価する側」という、これまでとは異なる立場でパフォーマンスに向き合うこととなりました。
率直に申し上げると、審査という行為は、想像していた以上に難しく、さまざまな葛藤を伴うものでした。
それぞれ異なる技術、表現方法、世界観を持つパフォーマーの皆さんを、一定の評価基準の中で判断すること。
そもそも、芸術や表現の魅力というものは、必ずしも一つの尺度で測れるものではありません。
ある人の心を強く揺さぶるものが、別の人にとっても同じように響くとは限らない。
観る側の感性や価値観、これまでの経験によっても、その受け取り方は大きく異なります。
だからこそ、個人的な好みと審査員としての視点をどのように切り分けるべきなのか。
その難しさを、今回改めて考えさせられました。
そして、何より私が難しいと感じたのは、自分のつける点数が、誰かの結果を左右する可能性があるということ。
一人の審査員がつける、たった数点の違い。
それが最終的な順位に影響を及ぼすこともある。
そう考えると、採点用紙に数字を記入するという行為が、決して軽いものではないことを痛感しました。
目の前で披露されるパフォーマンスには、きっと私たち観客には見えないほどの時間や努力、試行錯誤が積み重ねられているはずです。
その背景にあるすべてを知ることはできなくても、少なくとも、その一瞬に懸けられた思いを軽んじるような評価だけはしたくない。
そんな気持ちがありました。
一方で、審査員である以上、感情移入することと、公平に評価することは分けて考えなければなりません。
努力しているから高く評価するのか。
自分の好みに合わないから点数を下げるのか。
あるいは、純粋に心を動かされたという感覚を、どこまで評価に反映させるべきなのか。
考え始めれば、簡単に答えの出るものではありませんでした。
公平でありたいと思うほど、自分自身の主観から完全に離れることの難しさを思い知らされる。
それが、今回私の感じた審査員としての苦悩だったように思います。
もちろん、審査員一人の評価ですべてが決まるわけではありません。
それでも、自分の判断が結果を構成する一部になる以上、その一票、その一点には責任が伴います。
誰かの努力に対して、数字という形で評価を示すこと。
その重みを感じたからこそ、できる限り誠実に、一つひとつのパフォーマンスと向き合いたいと思いました。
今回出場された9名のパフォーマーさんは、私にとって全員が初めてパフォーマンスを拝見する方々でした。
過去の実績や評判、これまでに抱いていた印象などに左右されることなく、まっさらな気持ちで審査に臨めたことは、私にとって非常に意味のあることだったと感じています。
そして、実際にパフォーマンスが始まると、不思議なことに、審査員として構えていた気持ちは次第に薄れていきました。
気づけば、目の前の表現に驚き、思わず笑い、時には息をのみ、それぞれの世界観にすっかり引き込まれていました。
審査員という立場を意識していたはずなのに、いつの間にか、いつもと変わらない一人の観客として楽しんでいたのです。
もちろん、評価するという役割には最後まで責任を持って向き合ったつもりです。
ただ、それと同時に、純粋に楽しむ気持ちを抑える必要もなかったのではないかと、今は感じています。
人の心を動かすこともまた、パフォーマンスが持つ大切な価値の一つなのですから。
そして、今回の経験を通して強く感じたことがあります。
それは、審査によって順位や結果が決まることと、それぞれのパフォーマーが持つ魅力や価値は、必ずしも同義ではないということです。
コンテストである以上、結果が伴うことは当然です。
順位がつくからこその緊張感や、競い合うことで生まれる素晴らしさもあると思います。
けれど、そこで示された数字が、その人の表現の価値をすべて決定づけるわけではありません。
ましてや、限られた時間の中で拝見したパフォーマンスだけで、その方の持つ可能性や魅力のすべてを理解できるはずもありません。
審査における評価は、あくまでも一定の条件と基準のもとで示される一つの結果であり、その人自身の価値を証明するものではない。
このことは、今回審査員を経験したからこそ、より強く感じた部分でもあります。
そして、審査を終えた今、私の中に残っているのは、順位や点数以上に、9名それぞれのパフォーマンスに触れられた喜びです。
初めて拝見したからこその驚き。
初めて出会ったからこそ感じられた新鮮な感動。
それぞれに異なる個性があり、表現があり、観客を惹きつける魅力がありました。
今回拝見できたのは、皆さんが持つ魅力のほんの一部分なのかもしれません。
そう考えると、もっと違う演目も観てみたい。
別の場所、別の環境で披露されるパフォーマンスにも触れてみたい。
そんな気持ちが自然と芽生えていました。
審査員として出会った9名の皆さんを、これからは一人のファンとして応援していきたい。
それが、今回の経験を終えた私の素直な気持ちです。
審査をする側に立ったことで、これまでとは違う視点から大道芸に触れることができました。
同時に、どのような立場であっても、私自身が大道芸に求めているものは変わらないのだと気づかされました。
それは、目の前で生まれる一瞬の驚きや感動を、心から楽しむこと。
そして、その時間を生み出してくれるパフォーマーの皆さんへの敬意を忘れないことです。
評価することの難しさを知ったからこそ、表現する人への尊敬の念が、これまで以上に深まったように思います。
今回、このような貴重な経験をさせていただけたことに、心から感謝しています。
出場された9名のパフォーマーの皆さん、本当にありがとうございました。
最後になりますが、今回拝見した9名それぞれのパフォーマンスについて、私なりの感想を残しておきたいと思います。
ただし、ここから先は審査員としての講評ではありません。
あくまでも、一人の観客として何を感じ、何に心を動かされたのか。
専門的な分析でもなければ、優劣を論じるものでもありません。
審査員としての役割はここで終わり。
ここからは、一人の大道芸ファンとして。
あの日、目の前で繰り広げられた9つの世界に対して抱いた思いを、私自身の言葉で綴っていきたいと思います。
次回のブログ投稿よりお一人ずつ感想を上げさせていただきます。