こんにちは、KOCC代表のK籐です。
久しぶりの講座で、楽しい一時でした。来週は有りません。KOCCでの、月例会を1日にします。
ちょうど多摩川の花火大会が有るので、それに合わせて集まりたいと思います。
詳細は、追ってお知らせいたします。
京都の香老舗・松栄堂の香りに関するエッセイ集で(藤本儀一・審査委員長)
田巻衛さんが、金賞に選ばれました。とても良い文章なので
皆さんに読んでもらいたいので、承諾を得て載せます。
ゴー・フォー・ブローク
八年前の12月。ホノルルマラソンの翌日、私と家内はダイヤモンドヘッド付近まで
散策に出かけた。宴の後の静けさか、熱い応援の名乗りなど
微塵も感じさせないほどコース付近の家々は日常の時間の中に収瀲されていた。
とある民家の前、日系人」と思われる老女が日陰にいすを置いて腰かけていた。
日焼けした顔に深い皺が刻まれていた。小柄だった。
目が合ったので「ハイ!」と私。
「マラソン、ハシッタノ?エライネ」と老女。
名前を尋ねたら「ヒロ」と答えた。
日系三世ということだ。ヒロが日本語で話してくれたので、私たちはいくつかの会話を交わした。
きりの良いところで私たちは別れの言葉を告げたが、ヒロは私たちを
ガーデンに招じ入れ、もう少しだけ話していかないかと言う。特に急ぐ理由もないので、
ガーデンのベンチで、冷たいティーを振舞ってもらった。その時だった。
私と家内は顔を見合わせた。家の中から、なんとも懐かしい匂い漂ってきた。いや、日本人なら
充分に知っている匂いなのだが、異国の陽光の中だったので懐かしいと感じたのだろう。
線香の匂いだった。私たちが、意外そうな顔をしていると、
「オトウサン、<ゴー・フォー・ブローク>ネ」
と、ヒロは笑顔を崩さずに言った。深い笑顔だった。
思えば一昨日は12月7日。ヒロのお父さんは日系人でありながらアメリカ軍の
一員として戦った442連隊戦闘団に属していたという。米国内で差別を受け、
自分達家族がアメリカ人であることを証明するために同胞と銃をまじえなければならなかった
という悲劇。
「ゴー・フォー・ブローク(当たって砕けろ)」は、その連隊の合言葉だ。私は、
線香の匂いをかぐまで一昨日が真珠湾攻撃の日だとは気がつかなっかた不明に恥じた。
ヒロは、ホノルルマラソンの時期を心待ちにし、この時期は線香を
焚いて日本人を迎えるという。
ヒロたち日系人とともに、私たちも戦後を終わせてはいけないのだと思った。