「おばすて」と言ったり「うばすて」と言ったり定まりません。
「おばすて」⇒「姨捨て」と変換され、
「うばすて」⇒「姥捨て」と変換されます。
漢語林(漢和辞典)で調べると・・・
[姨] イ
字義:①おば。母の姉妹。②妻の姉妹。一説に、妻の妹。
解字:女+夷。音符の夷は、弟に通じ、年下のおとうとの意味。妻の妹の意味から、一般に妻の姉妹の意味を表す。
[姥](漢)ボ (呉)モ
字義:①うば。また、ばば。年老いた女性。老婦。②はは。年老いた母。老母。
解字:女+老。老いた女性、ばば・うばの意味を表す。
老婆を捨てる、という説話の内容を考えると「姥捨て」の方があっているような気がしてきます。
では次に、古語辞典で「うば」と「をば」を調べてみましょう。
ベネッセ古語辞典
うば
(一)【祖母】そぼ。おばあさん。(二)【姥】①(「むば」とも表記)年を取った女性。老婆。②能面の一種。老女の顔をかたどったもの。(三)【乳母】母に代わって乳を与えたり、養育にあたったりする女性。=めのと。
をば
【伯母・叔母】
父母の姉妹。
▼事典部
姨捨山おばすてやま〔ヲバステ - 〕
[歌枕]信濃国しなののくにの山。「更科さらしな山」とも。現在の長野県更級さらしな郡・東筑摩ひがしちくま郡の境界をなす冠着かむりき山を指す。月の名所として知られ、老母を捨てた伝説でも有名。
旺文社古語辞典
うば
①【姥】(ア)年とった女。老婆。(イ)能面の一つ。老女の顔にかたどったもの。②【祖母】そぼ。
うば
【乳母】
母親に代わって、子供に乳を与え、養育する役の女。=乳母めのと。
をば
【伯母・叔母】
父母の姉または妹。
をばすてやま
【姨捨山】
(地名)長野県の更級さらしな郡・埴科はにしな郡・東筑摩郡の境にある山。今の冠着かむりき山。「田毎たごとの月」の名所。姨捨伝説の地。「更級山」とも。
三省堂詳説古語辞典
うば
(一)【姥】年を取った女性。老女。老婆。②能面のひとつ。老女の顔をかたどったもの。(二)【祖母】父母の母親。そぼ。(三)【めのと】母親に代わって子供に乳を与え、養育する女性。=乳母めのと。
をば
【伯母・叔母】
父・母の姉妹。また、伯父おじ・叔父おじの妻。
をばすてやま
【姨捨山】
[歌枕]信濃国しなののくにの山。いまの長野県埴科はにしな郡・更級さらしな郡・東筑摩ひがしちくま郡の境にある冠着かむりき山の別称。姨捨伝説で知られる。月の名所。
〔姨捨山をばすてやまの月つき〕(月の名所である)姨捨山に照る月。
小学館全訳古語例解辞典
うば
(一)【姥】年をとった女。老婆。(二)【祖母】祖母そぼ。(三)【乳母】実の母に代わって、乳幼児に乳を与えたり、育てたりする役の女性。「めのと」とも。
姨捨山(をばすてやま)
(山名)長野県更級さらしな郡・埴科はにしな郡・東筑摩ひがしちくま郡の境にある冠着かむりき山の別称。棚田の特殊地形による「田毎(たごと)の月」で知られ、姨捨て伝説の地でもある。地名の由来ともなった説話が『大和物語』や『今昔物語集』に見られる。歌枕。
この語を丹念に調べたのは初めてでしたが、次のことが分かりました。
●「姥うば」はどの古語辞典にも掲載されているが、「姥捨うばすて山」という呼称を掲載している辞典はひとつもない。
●「姨捨をばすて山」は多くの古語辞典に掲載されている(岩波は不掲載)が、「姨をば」単体で掲載している辞典はひとつもない。
●固有名詞として「姨捨山」を掲載している辞典は多いが、「姨捨て/姥捨て」と、“山”なしの一般名詞として掲載している辞典はない。もちろん動詞はない。
現代ではどちらかというと「うばすて」という発音の方が優勢のような気がします。
Wikipediaでも「うばすてやま」で項目がたっていますし(「おばすてやま」の項目はない)、コトバンクでは「姨捨山」の読みをウバステヤマとし、「おばすてやま」は通称であるとしています。
長野県の千曲市に今も残る姨捨という地名に悪いイメージが結びつかないように配慮しているのでしょうか。
真偽の程は分かりません。
今回は「うばすて伝説」その①として、『大和物語』を取り上げてみます。
『大和物語』は平安時代の歌物語です。
これは通常「姨捨」と表記されますが、内容的にもっともだなという感じです。
信濃の国の更級という所に男が住んでいた。
若い時分に本当の親が死んでしまったので、叔母が親代わりとなって、本当の親のように寄り添って暮らしていた。
しかし、この男の妻の心は非常に情けなく、この姑が年老いて腰が折れ曲がっているのをいつも憎らしく思って、「この老婆が意地悪くてどうしようもない」とあることないこと夫に言い聞かせたので、男も自分を育ててくれた叔母に対して、昔のようではなく、ぞんざいな扱いをするようになっていった。
この叔母は、とてもひどく年老いて二つに折り畳んだかのような格好だった。
そのことがこの嫁にはますます鬱陶しくて、「よくまあ今まで死なずにいるもんだよ」と思って、
「婆さんを運んで行って、深い山奥に捨ててきてくださいませ」
などと、よからぬことを言っては夫を責め立てるので、男も困りはて、とうとう妻の言う通りにしようと思うようになってしまった。
月がとても明るい夜に、
「お婆さん、さあいらっしゃい。寺でありがたい法会があるそうですよ。連れて行ってさしあげましょう」
こう言われたお婆さんはこの上なく喜び、男に背負われて行った。
高い山の麓に住んでいたので、その山深くにはるばると入って行き、下りてくることができそうにない高い山の峰にお婆さんを置いて逃げ去った。
「おい、これ!」
と呼び叫ぶが、返事もしないで逃げ、家に帰り着いてからこう思った。
「妻があれこれ悪口を言っているのを聞いているうちに腹も立ってこんなことをしてしまったが、長い年月本当の親だと思って養い、ずっと一緒に暮らしてきたことを考えると本当に悲しく思われるよ😢」
山の上から月がこの上なく明るくさし昇っているのをぼんやり眺め、一晩中眠れず、しみじみ悲しく思われたのでこう詠んだ。
わがこゝろ慰めかねつ更級や姨捨山に照る月をみて
〔自分の心を慰めることができなくなってしまったよ。更級の姨捨山の上に照り輝く月を見ていると〕
こう詠むと、また叔母を迎えに山に入って連れ戻した。
それ以降、この山を姨捨山と言うようになった。
慰めがたい、というのが姨捨山と結びつくようになったはこれによるのである。
『大和物語』の姨捨はこんな感じでした。
男が親代わりに自分を育ててくれた叔母(伯母)を捨てる話で、最初の漢語林の「姨」の意味と適合します。
今回もそうですが、本当に捨てられっぱなしで終わる「おばすて/うばすて」伝説はおそらく無いのではないでしょうか。
探せばあるのかなあ。
それはよく分かりませんが、軽く調べてみたところ、この伝説は日本だけでなく海外にも類似譚があるそうです。
それにしても、今回の鬼嫁の「よくまあ今まで死なずにいるもんだよ」は強烈ですね
僕の訳し方も少しは関係あるでしょうが、原文でも「今まで死なぬこと」とあり、ほとんど崩していません。
さて、Googleで姨捨山を検索しました。
ほうほう。
けっこう高い山みたいですね。
サービスエリアもあるみたいですし一度行ってみたいものです。
また、月の名所(田毎の月)とのことなのでそちらも検索。
なるほど
こうして見て初めて姨捨山が月の名所だということが頷けました。
棚田に映りこむ月は独特で素敵ですね
だから「田毎」なんですね~👀
ただ、今回のお話で男が見ている月は山の麓から見ているので、この棚田に映る田毎の月を見ていたわけではありません。
では、最後に原文です。
(原文)
信濃の国に更級といふ所に、男住みけり。
若き時に親は死にければ、をばなむ親のごとくに、若くより添ひてあるに、この妻の心憂きこと多くて、この姑の、老いかがまりてゐたるを常に憎みつつ、男にもこのをばの御心のさがなく悪しきことを言ひ聞かせければ、昔のごとくにもあらず、おろかなること多くこのをばのためになりゆきけり。
このをば、いといたう老いて二重にてゐたり。
これを、なほこの嫁ところせがりて、「今まで死なぬこと」と思ひてよからぬことを言ひつつ、
「もていまして深き山に捨てたうびてよ」
とのみ責めければ、責められわびて、さしてむと思ひなりぬ。
月のいと明かき夜、
「嫗ども、いざ給へ。寺に尊きわざすなる。見せ奉らむ」
と言ひければ、限りなく喜びて負はれにけり。
高き山の麓に住みければ、その山にはるばると入りて、高き山の峰の、下り来べくもあらぬに、置きて逃げて来ぬ。
「やや」
と言へど、答へもせで、逃げて家に来て思ひをるに、言ひ腹立てける折は腹立ちてかくしつれど、年ごろ親のごと養ひつつあひ添ひにければ、いと悲しくおぼえけり。
この山の上より月もいと限りなく明かく出でたるを眺めて、夜ひと夜、寝も寝られず悲しくおぼえければ、かく詠みたりける、
わがこゝろ慰めかねつ更級や姨捨山に照る月をみて
と詠みてなむ、また行きて迎へもて来にける。
それよりのちなむ、姨捨山といひける。
慰めがたしとは、これがよしになむありける。
【語釈】
高き山の峰の、下り来べくもあらぬに
・・・「の」は同格の格助詞。