~前回までのあらすじ~

①丹後国で釣りをしながら両親を養っている青年、浦島太郎。ある日、一匹の亀を釣り上げたけれど、気の毒に思って海に帰してやりました。次の日、また釣りに出かけると、今度は一人の女性が小舟に乗って近づいてきました。事情を聞いてみると、大荒れの海で乗っていた舟が難破して、どうにか小舟に乗り換えて漂流してここまで来たとのこと。浦島はこの女性を故郷まで送り届けてやりました。

②その名も“竜宮城”という邸は、銀の塀に囲まれ、金の屋根瓦が並び、筆舌に尽くしがたいほど豪勢なものでした。四方を取り囲む庭は、東が春,南が夏,西が秋,北が冬、という風に四季折々の風景がいつでも楽しめるようになっている不思議なものでした。

③あっという間に3年の月日が流れ、故郷に置いてきた両親に思いを馳せる浦島太郎は、三十日間のお暇を願い出ました。すると女はこれが今生の別れとなるでしょう、極楽浄土で再会できますように、と言い、形見として綺麗な箱を渡しました。互いに歌を詠み交わし、浦島太郎は故郷へと帰っていくのでした。

 

さて、浦島は故郷へ帰ってみると、人の形跡はすっかり絶えて、荒野となっていました。

浦島はこれを見て「これはどうしたことだろうか」と思い、ふと横の方に目をやると、柴の庵があったのでそこに立ち寄り、

 

「もしもし」

 

と言ったところ、中から八十歳くらいのお爺さんが出て来て、

 

「どなたさまですかな」

 

と申すので、浦島が申したことは、

 

「この辺りに住んでいたはずの浦島がどこへ行ってしまったか、ご存知ありませんか」

 

と言ったところ、お爺さんが申すには、

 

「どなたさまでしょうか。浦島の行方をお尋ねになるというのは不思議なことです。その浦島という人が生きていたのは、もう七百年以上も前のことだと伝え聞いております」

 

と申したので、浦島太郎は非常に驚き、「これはどういうことだろうか」と思って、これまでのいきさつをありのままに語ったところ、お爺さんも不思議なことだと思って、涙を流しながら申したことは、

 

「あそこに見えております古い墓、古い石塔がその浦島の墓所だと伝わっています」

 

と言って、指をさして場所を教えてやりました。

太郎は泣く泣く、草深く、露のたくさん降りた野原をかき分けながら古い墓を参り、涙を流してこう詠みました。

 

かりそめに出でにし跡を来て見れば虎ふす野辺となるぞ悲しき
〔ほんのしばらくの間、と思って出て行ったものの、戻ってきてみると荒野になっていたのが悲しいことだ〕

 

そうして浦島太郎は、一本の松の木蔭に、呆然として座っていました。

太郎が思うに、「亀がくれた形見の箱だが、『決してお開けになってはいけません』と言っていたが、最早どうでもいい。開けてみよう」と開けてしまったのは口惜しいことですよ。

この箱を開けてみると、中から紫の雲が三筋立ち上りました。

これを見ると、二十四、五歳だった姿がみるみるうちに変わり果ててしまいました。

そうして浦島は鶴になって大空へ飛んで行ってしまいました。

それというのも、この間に浦島が取っていたはずの年齢を、亀がはからいとして箱の中につめこんでいたのでした。

だからこそ、七百年もの間生きてこられたのです。

開けてはいけない、と言われていたのに開けてこんなことになってしまったのはつまらないことです。

 

君にあふ夜は浦島が玉手箱あけてくやしきわが涙かな
〔愛しいあなたに会う夜は、浦島太郎が玉手箱を開けたかのようにあっという間に時間が過ぎてしまい、夜が明けるのが悔しくて流れる私の涙であることよ〕

 

と、歌にも詠まれていることです。

命あるものは皆、情けを知らないということはありません。

まして人間の身に生まれておきながら、恩を恩とも感じないような輩は、木や石に喩えるものです。

深い愛で結ばれた夫婦は「二世の契り」と申して、来世でも夫婦になるものと言いますが、実に尊いことですよ。

浦島は鶴になって蓬莱の山へと飛んで行き、亀は万年も生きたということです。

これにより、めでたいものの喩えとして鶴・亀を申すようになったのです。

とにかく人は情けがあるべきで、情けのあるところ、その将来もめでたいものだと伝わっています。

その後、浦島太郎は丹後国に浦島の明神となって降臨し、人々を救い、悟りの境地へとお導きになりました。

亀も同じ地に神となって降臨し、浦島と夫婦の明神とおなりになったのです。

めでたしめでたし。


【語釈】

●荒野となっていました。
原文は「虎ふす野辺となりにけり」だが、日本に虎はいないので比喩的表現。虎でも生息していそうな程に荒廃した野原、ということ。

●蓬莱の山
古代中国で、東の海にあって仙人が住む、とされた伝説の地。蓬莱の山=竜宮城とも解釈できる。

●玉手箱

「玉」は宝石、特に真珠を指す言葉だが、名詞の前に冠してそれが美しいものであることを表現する。「玉川」といえば美しい川、「玉の井」といえば美しい井戸、「玉手箱」といえば美しい手箱。「手箱」は手もとに置いておく小物入れのこと。


浦島太郎の「亀がくれた箱」という表現に驚きです。笑

確かに前回「私は亀の化身です」と乙姫はカミングアウトしていましたが、浦島はあっさりそれを事実として受け入れているガーン

3年もの月日、亀と夫婦生活を送っていたことに納得しているとは…

 

そして最後まで現行版との違いに驚かされますが、玉手箱を開けた浦島太郎はお爺さんになるのではなく鶴になって飛んでいき、最後には鶴と亀とで夫婦の明神になったとさ、という展開。

 

ある意味において現実主義といえるでしょう。

だって、人間の姿で700年も時が過ぎたらお爺さんを通り越して骨ドクロになるに決まってますからね。

そこで、「鶴は千年、亀は万年」とも言われる長寿の生き物・鶴になる、という。

合理主義と言えば言えなくもない。

 

さて、浦嶋神社の写真を小分けにして出してきましたが、最後はこれ。

 

 

浦嶋神社で買ってきた絵馬です。

これは現行版の浦島太郎に基づき、亀に乗って竜宮城から帰ってくる浦島太郎の絵です。

手には玉手箱を抱えていますね。


(原文)

さて浦島は、故郷へ帰り見てあれば、人跡絶えはてて、虎ふす野辺となりにけり。
浦島これを見て、こはいかなる事やらんと思ひ、ある傍を見れば、柴の庵のありけるに立ち、

「物いはん」

といひければ、内より八十ばかりの翁出であひ、

「誰にてわたり候ぞ」

と申せば、浦島申しけるは、

「此所に浦島の行方は候はぬか」

といひければ、翁申すやう、

「いかなる人にて候へば、浦島の行方をば御尋ね候やらん、不思議にこそ候へ。その浦島とやらんは、はや七百年以前の事と申し伝へて候」

と申しければ、太郎大きに驚き、こはいかなる事ぞとて、そのいはれをありのままに語りければ、翁も不思議の思ひをなし、涙を流し申しけるは、

「あれに見えて候古き塚、古き石塔こそ、その人の廟所と申し伝へてこそ候へ」

とて指をさして教へける。
太郎は泣く泣く、草深く露しげき野辺を分け、古き塚に参り、涙を流しかくなん、

かりそめに出でにし跡を来て見れば虎ふす野辺となるぞ悲しき

さて浦島太郎は、一本の松の木蔭に立ち寄り、呆れはててぞ居たりける。
太郎思ふやう、亀が与へしかたみの箱、「あひかまへてあけさせ給ふな」といひけれども、今は何かせん、あけて見ばやと思ひ、見るこそくやしかりけれ。
此箱をあけて見れば、中より紫の雲三すぢ上りけり。
是を見れば、二十四五の齢も、忽ちに変りはてにける。

さて浦島は鶴になりて、虚空に飛び上りける。
そもそも此浦島が年を、亀がはからひとして、箱の中に畳み入れにけり。
さてこそ七百年の齢を保ちける。
あけて見るなと有りしを、あけにけるこそ由なけれ。

君にあふ夜は浦島が玉手箱あけてくやしきわが涙かな

と歌にもよまれてこそ候へ。
生有る物、いづれも情を知らぬといふことなし。
いはんや人間の身として、恩をみて恩を知らぬは、木石にたとへたり。
情深き夫婦は、二世の契と申すが、寔に有りがたき事どもかな。
浦島は鶴になり、蓬莱の山にあひをなす。
亀は甲に三せきのいわゐをそなへ、万代を経しと也。扨こそめでたき様にも、鶴亀をこそ申し候へ。
只人には情あれ、情の有る人は行末めでたき由申し伝へたり。
其後浦島太郎は、丹後国に浦島の明神と顕れ、衆生済度し給へり。
亀も同じ所に神とあらはれ、夫婦の明神となり給ふ。
めでたかりけるためしなり。

 

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