コレを観れば個展が100倍面白くなる!的な動画をご紹介。。。(^ ^) | Cozo Cobun Official Blog

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元男子の画家「こうぶんこうぞう」の公式blogです‼️
まもなく30周年です。
30周年個展を企画してくださいさる企業や団体、ギャラリーわ美術館、キュレーターの方からのご依頼をお待ちしておりますコラボも大歓迎‼️

先ほどblog書いたばかりなのにスミマセン。。。

これをご覧頂ければ個展が100倍面白くなる!的なステートメント動画と、そのステートメント動画をご紹介するココアートチャンネルを同時にアップロードしました!

ホントは毎日一つずつとか、もっと優雅にお届けしたかったのですが、個展前はバタバタです、どうかお許しくださいませね。。。☆

ごめんなさいついでにもう一つ。。。

blogにもそれぞれのステートメントを書いたので、驚く長文記事になってしまいました。。。

重ねてスミマセン。。。


でも、私のblogの読者様には私のこの情熱が通じていると信じております。。。

お時間ある時にでもご覧頂ければ幸いです。。。☆



プチヴィーとはフランス語で「小さな生命体」の意。

ひとつの森の中には、様々な生命体が存在する。
動物、植物から目に見えない微生物まで…
それらは微妙なバランスで生態系を維持している。

わたしたち人間の歴史は、その自然を浸食する事で、
発展してきた歴史でもある…人間社会をひとつの大きな森と考えると、
きっと年齢や性別、人種の差などは、取るに足らない事だろう。

あたり前の様に自然を食いつぶし、
いくつもの生命を犠牲にして築き上げ成長してきたわたしたち。
いくつもの生命を絶滅させ君臨している現代社会という巨大な森の中で
迷子になってしまった人々は、きっと数えきれないほどいるだろう…

戦争、虐待、孤独死、いじめ、自殺…
今、人々の生態系は、もしかしたら崩壊に向かって
突き進んでいるのかも知れない。

それでも人は死に向かって、そして、未来に向かって、
生きていかなければならない。
だから、生きるという行為は、どんな生命体にとっても尊く、
かけがえのないものなのだ。

わたしたちがもし、もう一度、自然に教えを請う事ができれば、
人間の愚かさと共に、生き方をも、
変化させなければならないのかもしれない。

わたしたち一人ひとり、この地球上の同じプチヴィーとして、
きっとそれぞれに、唯一無二の存在であり、大切な役割を担っている。
その「役割とは何なのか」それを考える事はもしかしたら
「生きる」という行為そのものを考えることなのかもしれない。

今のわたしたちに一番必要な事とは、いったい何なのか…

今回の個展は、画廊をひとつの森と考え、構成しました。

作品は、その森に生きる「生命体」です。

空間のインスターレーションは、
森の霧、風、木漏れ日を表現しています。

そんな森の木漏れ日の中で時を忘れ、
作品と出会う、作品をみつけるという感覚で
画廊を散策してみて下さい。

そこで出会ったプチヴィー達が、あなたに何を語りかけるのか…
木漏れ日の中で、それぞれのプチヴィー達と
どうぞ、ごゆっくりと対話してみて下さい。
私としては、全てのプチヴィー達と出会って頂きたいのですが、
全てのプチヴィー達に出会えるかどうかは、
あなたの生命力にかかっています。

変な展示と叱られるのを覚悟で、
空間そのものを楽しんで頂ければという思いで
この様な空間に致しました。

あなたもプチヴィーの一員になって緑の木漏れ日の中で
どうぞごゆっくりお過ごし下さい。



Feliz coccinell


人間世界のあらゆる理不尽、いきどおり、怒り、悲しみ…
それらを浄化し、癒しに変えて妖精が森の奥にフェリス・コシネルを創りました。
そこは、密かに様々な妖精たちが集まるところ。
災害や社会問題など、何の罪もなく犠牲となった小さな命への供養の意味を
込めると共に、私達大人が子どもの頃に置き去りにしてきた「何か」
それを取り戻すことができればという願いを込め、生まれた妖精たち…
妖精たちはどんなに苦しい事も…
どんなに哀しい事も…
希望の光に変えてくれる…
そんな妖精たちの声に耳をかたむけてみて下さい…
それでは扉を開いて秘密の森へ…


無という言葉の相反する二つの意味…
空っぽにも無数にも無限にもなる…
ゼロの中の無限…

点が線になり、線が面になるように、
限られた文字を繋ぎ合わせて無限の言葉が生まれ
無数に変化を遂げ、無秩序な情報が生まれ続ける。

理不尽な現代社会に生きる私達は、大量生産、大量消費の渦の中、
口から出る言葉やインターネットによる情報も正に大量生産され、
嘘も真実も関係なく消費され、使い捨てされる…

無限と思っていた存在が実は有限で、矛盾の連鎖が永遠に繰り返される中、
退化した感覚に気づく間もなく、めまぐるしく繰り返されているのは
負の連鎖なのか、正の連鎖なのか、それとも無の連鎖なのか…

安心安全と疑わなかった物が、実は危険だったと気付き…
嘘だと気付き…間違いだったと気付き。。。

でも、その嘘をその間違えを手離せない私達…

丸く大きな地球の中で無秩序な情報が歪な形の人間を構築し、時代は繰り返され
同じような思考、同じような顔、同じような言葉が反復され…

「無」が無限に蓄積され、やがて全てがゼロになる…


自分自身が着ぐるみを着た様な二重生活をしていた時期の
コンプレックスを元にアイデアが生まれました。
更にいつもの様に、幼少期の自分自身に
作品のヒントを探してみた。。。

周囲の大人から問題児、異端児と言われ
まさにモンスターとして扱われていた頃の
自分をモチーフに描き進めていると
奇異な事件事故が耳に入り込み、現代社会の様々な出来事が
頭の中を支配して、渦巻く様に自問自答を繰り返した。。。

実家が洋菓子店だった私は、カラフルな色の中で育った。
どんなに悔しくても、どれだけ哀しくても
死にたいときでさえも、常に周囲にはキラキラで
カラフルな色が溢れかえっていた。
私にとってカラフルな色や、キラキラや甘い香りは
ガマン、寂しさ、悔しさの象徴だった。

一方で、そんな寂しさや、切なさ、本当じゃない曖昧な自分を
カモフラージュしてくれる頼もしい存在でもあった。。。

ここ数年、原色やカラフルな色を避けてきた理由は、
そんな相反する複雑な思いが、潜在意識の奥底に
あったからかも知れません。

世の中は常に、表裏一体で相反する存在が同居している。
「表と裏」「有と無」「静と動」「真実と嘘」
「愛護と虐待」「希望と失望」「光と影」「女と男」
「強さと弱さ」「優しさと厳しさ」「愛と憎悪」「生と死」

戦後70年のこの国に見え隠れするコンプレックスと嫉妬との関係性。
常に価値観の更新を強いられる様な、時代の転換期と言われる今
多様性や個性が湾曲し、誰もがモンスター化しえる世の中。。。

そんな現代社会の外面と内面、本音と建前
自己否定を繰り返していたあの頃の劣等感を元に
カラフルなモンスターたちに落とし込み表現しました。