1 商工会議所主催のパワハラ防止セミナー   

 

 先日、商工会議所が主催したパワハラ防止セミナーで講師をつとめました。企業経営者が沢山参加され、皆さんの関心の高さが伺われました。

 

 この4月から、中小企業にもパワハラ防止対策が義務づけられたことも一因と思われます。

 

 パワハラは企業の経営リスクであり、成長の阻害要因ですが、なによりも、「企業は従業員やその家族を幸せにするためにある」という根本理念に反しています。

 

2 労働の対価は給料だけか

 

 多くの会社では従業員を1日8時間拘束しています。

「勤務時間中は、辛かろうが、苦しかろうが、給料をもらうためには我慢して働け」と考えている経営者が少なからずありますが、果たしてそれは正しいでしょうか。

 

 このことを考えるには、お金と時間について、よく知る必要があります。以前にも何回かブログに書きましたが、多くの人に「お金」と「時間」に対する大きな誤解があると思います。

 

 ほとんどの人は、「お金を手に入れるために、仕事に時間を使う」と考えています。お金が目的であり、時間が手段と考えるので、時間よりもお金の方が価値が高いと思っているのです。

 

 しかし、それは誤りです。時間はお金とは比較することもできないくらい高い価値を持っています。お金は貯めることも増やすこともできますが、時間は貯めることも増やすこともできません。ひたすら消費するだけです。今日は時間が余ったからといって、その時間をどこかに預けておいて未来に使うというようなことはできません。

 

 私たちが生まれてから死ぬまでの時間は有限であり、時間とは私たちの命そのものなのです。命とお金の価値は考えるまでもありません。

 

 ですから、お金と時間では、比較にならないくらい時間が貴重であり、価値があります。その貴重な時間を1日8時間も奪っているのが仕事です。時間を使うということは、命を削って差し出すということです。1日24時間の3分の1もの命を仕事に差し出しています。

 

 企業としては、それほど貴重な命を受け取っているのですから、その従業員に十分に報いる必要があります。「給料さえ支払えばよい」という考えは間違っています。貴重な時間を奪うだけの価値のある対価を差し出すことが必要です。対価は、給料だけではなく、仕事のやりがい、安心感、未来への希望などです。

 

3 パワハラが奪うもの

 

 このように考えると、パワハラというものは、貴重な時間を奪うだけでなく、やりがい、安心、希望までも奪うものであり、最悪な状態であることが分かります。

 

 1日の3分の1を苦痛に過ごすことになりますが、その苦痛は仕事が終わってなくなるものではありません。上司の嫌な言動が常に心を覆います。明日の仕事のことを考えると、家に帰ってからも心は暗いままです。夜もよく寝られないということになり、休日も心は暗い状態です。

 

 そう考えると、パワハラは従業員の24時間365日を奪っていることになってしまいます。しかし、給料は8時間分しか払っていません。

 

 パワハラが横行している会社は、業績が伸び悩む傾向があります。弁護士として多くの企業倒産や企業再生の経験をしてきましたが、パワハラで従業員がやる気を失って、業績が悪化したという事例が沢山ありました。

 

4 パワハラの効果

 

 パワハラをしている人に、自分がパワハラをしているという自覚はありません。自分がかつて上司にされたことを、そのまま自分の部下に対してやっているだけです。

 

 失敗をした従業員が二度と同じ失敗をしないように痛い思いをさせるとか、営業目標を達成するために、会議で成績の悪い部下にハッパをかけるなどという考えもあるようです。

 

 部下に嫌な思い(強いネガティブ感情)を与えることで、部下はそのことを記憶し、二度と叱られないようにしようと思って、行動の改善がされると思っているのです。

 

 しかし、実は逆効果なのです。私たちの脳は、叱られると防御システムが働くようにできています。辛い場面から逃げる回避行動を取ります。相手の指摘に反論したり、言い訳することもありますが、それでも相手が納得せず、ますます攻撃してくるような場合には、徹底的に退散します。「申し訳ありませんでした。二度としません」と謝るのです。相手の言うことをすべて認めて、ひたすら謝ってその場から逃げようとします。

 

 また、相手から厳しい攻撃を受けると、知的活動をする脳の部位が活動しなくなります。再発防止のための対応策を考えるなどの論理的な思考がストップしてしまうのです。

 

 叱った部下が素直に謝れば、上司は「叱ったことによって自分の誤りに気づいた。今回のことがいい薬になって、二度とこんなミスはしないだろう」と、一人悦に入りますが、まったくの誤解であり、自己満足です。

 

 更に、部下が同じようなミスをした場合、「叱られるのは絶対に嫌だ」と思いますので、ミスを隠したり、ごまかしたりすることにつながります。

 

5 怒る」「叱る」

 

 「怒ることはよくないが、叱ることはよい」と言う人もあります。腹を立てて相手に怒りをぶつけるのではなく、冷静に、相手を叱ることが大切だということです。

 

 しかし、これは叱る側からの見方です。叱る人の側からすれば、違うかもしれませんが、叱られる側からすれば、叱られることも怒られることもネガティブ感情を起こされる点でまったく同じなのです。

 

 では、パワハラをなくしていくにはどうすればよいでしょうか。このことは次回にしたいと思います。