1  パワハラ防止法

 この4月から,パワハラ防止法が中小企業にも適用されるようになり,パワハラに対する関心が高まっています。今年に入ってから,パワハラに関する講師依頼がとても増えました。

パワハラはしかることと密接な関係があります。

 

 本書は,臨床心理士である筆者が脳科学や認知科学にもとづいて書かれたもので,とても勉強になります。

 

2  「しかる」とはどういうことか

 しかるとは,相手の行動の改善を目的に,ただ教えるだけではなく,厳しい言葉や態度によって,相手にネガティブな感情を与えるものです。

 

 相手がネガティブな感情を抱き,もう二度とこんな気持になりたくないと思うことで,行動が改善されると期待します。

 

 では,しかることによって,このような効果が得られるでしょうか。実は,しかることでこのような効果は得られず,逆の効果が生じています。

 

3 しかることの効果

 しかられると,辛い,苦しい,おそろしい,悲しい,悔しい,不安というネガティブな感情がおきます。そうすると脳は,防御システムが働き,その場から逃げようとする回避行動をとろうとします。相手に反論などはせずに,「申し訳ありません。もう二度としません。」と言って,しかる人の言うことを全面的に受け入れるのです。

 

 問題行動を改めるには,その原因を冷静に分析し,防止策を考えることが必要ですが,ネガティブ感情は,脳の活動を大きく低下させてしまいます。何も考えられない状態になって,ひたすら「はい。言われるとおりです。私が間違っていました。申し訳ありませんでした。二度と致しません。」と繰り返すだけになります。

 

4 「しかる」と「おこる」

 よく,しかることとおこることは違うと言われます。しかることはよいことだが,おこることは悪いことだと説明されます。この区別は,しかる側の人に着目したもので,いかりの感情を伴っているか,いないかという区別で,冷静にしかることはよいという考えです。

 

 しかし,しかられた側の人に着目すると,相手にいかりの感情があろうがなかろうが,ネガティブな感情が起きることは同じです。ですから,問題行動を改善させるという目的からは,しかることもおこることも,逆効果であることは同じとなります。

 

5 ごまかしや隠蔽の誘発

 厳しくしかられて,強いネガティブ感情を与えられた場合,もし,同じようなミスをしてしまった場合にどういう行動になるでしょうか。絶対に前回のようにしかられたくないと強く思うので,ミスをごまかしたり,隠すという行動に走りやすくなります。

 

6 「しかられて強くなった」

 「私はしかられて強くなった」と言う人もあります。そういう人がいることは否定しませんが,すべての人に当てはめることはできません。周囲を眺めてみると,今の時代,しかられて強くなるような人はほとんど見当たらないのではないでしょうか。

 

7 刑務所

 刑務所は,ひどい待遇を与えて「もう二度とあんなところへは行きたくない」と思わせるところと思われています。しかし,そのような処遇が効果を上げていないことは再犯率をみれば明らかです。

 

 これに対し,島根県にある官民協働型刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」での取り組みは画期的であり,「罰を与えて更生させる」という考え方の誤りが証明されたと言えます。このことは別の記事で取り上げたいと思います。

 

8 しかることは快感

 人間には人を処罰したいという欲求があります。芸能人の不適切な行動に対するSNSでの非難をみれば明らかです。クレーマーと言われる人も同じで,「自分はこんな迷惑を受けた」と大声で叫び,自分が受けた何倍もの迷惑を相手に与えています。相手が謝罪し,困った顔をすると,快感が増していきます。自分の正義感が承認されるからです。

 

 また,しかる人は,善悪を自分が設定します。その根拠を詳しく説明する必要もありません。「そんなこと常識だろう」の一言で済みます。

 

 著者は,「叱る依存」と表現していますが,しかることの快感を手放すことができず,しからずにおれなくなった状態です。

 

9 しかる人を支援する

 「しかることは悪いことだから,しかるな」と言うだけで,しからなくなるのであれば簡単ですが,そうはなりません。

 

 しかる人が色々な不安や苦悩を抱えており,その解決のためにしかっていることがあります。無意識ながらも,しかることによって充足感を得て,自分の負の感情を処理しようとしているのです。DVや虐待と通じています。

 

 また,叱ることを手放すには時間がかかります。すぐに叱らない人になることはできません。

 まず,自分が「あるべき姿」を決定している権力者であることを自覚することから始めます。そして,その「あるべき姿」は,多様性の時代にあって,本当に正しいのかを考えるようにします。

 

 成長を促す教え方については,様々な研究がされていますので,それらを学ぶことも大切です。教え方について例をあげると,自転車に乗れるようにするために,昔は補助輪が一般的でしたが,今は補助輪は使いません。自転車に乗り,足で地面を蹴って進むことでバランスを鍛えるようにしています。指導や育成の方法についても勉強が必要です。

 

 とても勉強になる本なので,リーダー的立場の人にはお勧めします。

 

10 余談

 私はこのような文書を書いていますが,世の中の常識を批判することで快感を得ています。これは人間の本質ですから,変えることはできません。しかし,人を不幸にして快感を得るのではなく,人を幸せにすることによって快感を得るような生き方をしたいと思います。