1 新聞記事

 今朝の朝日新聞に,「最高裁の弁論 脱儀式」という記事が掲載されています。最高裁判所で開かれる弁論期日(裁判期日)では,事前に提出した書面を弁護士が「陳述します」というだけで終了していました。傍聴人が聞いていても,裁判の内容は何も分かりません。

 

 このような悪弊を改め,裁判長が傍聴人にも資料を配付して説明をするようになったということが紹介されていました。配付資料には,事案の概要や原判決,争点がまとめられており,裁判所のHPにも掲載されています。

 最高裁の取組は,司法を分かりやすく身近なものにするための取組として素晴らしいと思います。

 

2 背景事情

 何事にも保守的なイメージの強い最高裁がこのような取組を行うには背景事情があります。下の図をご覧下さい。

 

 

 少し見にくいかもしれませんので,説明を加えたいと思います。水色の棒グラフは全国の地裁における通常事件,倒産事件,執行事件などすべての事件の年間受付件数を合計したものです。平成15年までは増加を続けていましたが,その後減少に転じ,最近は30年前と同程度の事件数となっています。

 

 このデータからは裁判所を利用しようとする人が減ってきていることが明らかに読み取れます。国内のトラブルや紛争が減ったというのであれば喜ばしいのですが,そんなことはありません。社会が複雑化し,これまでにはなかったトラブルや紛争も増えています。

 トラブルは増えているのに,裁判所に行って解決したいとは思わないという「裁判離れ」が国民の間に広がっているのです。

 

3 裁判が嫌われる理由

 これほどまでに裁判が嫌われる理由を,私は,(1) 時間がかかる,(2) 金がかかる,(3) 嫌な思いをする,の三つだと考えています。

 

4 時間がかかる

 争いのある事件では,判決まで1年以上を要します。このことを話すと多くの企業経営者はあきれます。これほど動きが速い時代に,1年間も待っておれないのでしょう。

 1年間といっても裁判期日としては10回もありません。期日と期日の間隔が空きすぎているのです。裁判では,弁護士が依頼者の主張をまとめた準備書面を提出します。そして,次に期日までに相手方弁護士が反論の準備書面を提出するというように繰り返されます。

 

 裁判官から書面をいつ提出できるか聞かれた際,ほとんどの弁護士は「1ヶ月」と答えます。しかし,書面作成に1ヶ月もかかることはありません。普通の書面であれば長くても数時間でしょう。すぐに書き始めればよいのに,一旦記録をロッカーに仕舞い込んでしまうことが多く、2,3週間経ってから書き始めるという大変に非効率なことをしています。

 

 「他の事件の準備もあるから,すぐに取りかかれない」という声もありますが,他の事件もすべて前倒しで書面を作成してしまえば解決するはずです。打ち合わせが必要な場合もありますが、受任時に詳しく事情を聞いておけば、電話で確認すれば済む場合が多いと思います。

 

 そもそも弁護士が作る書面は「重厚長大」に過ぎます。事件によってはそのような書面も必要でしょうが,通常の事件ではコンパクトな書面が適切です。そもそも,裁判官も長い書面は好みません。弁護士は相手方の書面に漏れなく反論しないと気が済まないという人が多く,争点から外れているところも,一生懸命に反論します。それに対して相手が更に反論したりして,争点と外れたところに議論が集中したりもします。相手の書面にすべて反論する必要はないので,自分が設定した土俵で,必要最小限の認否反論を行うようにすれば,書面は相当短くなります。

 

 超スピード社会の現代では,訴訟のスピード化も避けられません。一部の重厚長大な事件を除き,弁護士の書面は短くして速く提出すべきです。私の経験では,2週間あれば十分だと思います。多くの弁護士が2週間で書面を提出するようになれば、裁判は今よりもずっと早く終わることになります。

 

5 金がかかる

 弁護士に依頼すると金がかかるという点については、弁護士費用保険制度や法テラスの利用により、かなり改善されてきました。また、特定の分野について相談料無料、着手金無料としている弁護士も増えてきています。その意味で、経済的負担というアクセス障害は取り除かれようとしています。

 

6 嫌な思いをする

 互いに攻撃し合うことによる精神的な苦痛という点はどうでしょうか。裁判では自分の主張を認めてもらうために,最大限の主張・立証するというのが一般的な弁護士と思われます。それはそれで正しいと思いますが,準備書面や尋問の中で,相手方を見下して,その人格を否定するようなことはなされていないでしょうか。

 

 依頼者は一時的には溜飲を下げるでしょうが,相手方からも同様の攻撃がなされ,さらに反撃するということを繰り返すうちに、依頼者は精神的に参ってしまい,また依頼者と相手方との人間関係も完全に破綻してしまいます。

 

 そもそも紛争とは,ほとんどが親族や友人・知人や取引先などとの間で起こるものです。今後も,長い間つきあって行かねばならない場合が多いのです。相手を攻撃して良い気分になったとしても,それは一時的な満足に過ぎません。紛争の当初は感情的になっていますから,弁護士に対して「徹底的に相手を攻撃してほしい」と求める依頼者もあります。しかし,そんな感情は長続きしません。本当はどんな人も円満な解決を望んでいるはずです。弁護士はこのことを忘れてはなりません。

 

 何らかの行き違いによって紛争になってしまったのですが,これ以上お互いが傷つかないように,また,傷つけ合わないようにするため,弁護士がプロとして調整役を果たす必要があると思います。裁判になれば,相手に不都合な事実も主張しなければなりませんが,節度をわきまえ,相手の立場も尊重した上で,言うべきことを漏れなく主張するのであり,不必要な人格攻撃などをすることはありません。

 

 そして,可能な限り話し合いの解決を目指すのが弁護士のあるべき姿です。できれば,最後に,互いが笑顔で握手を交わせるような解決が理想であり,そうなれば裁判に対する暗いイメージがかなります。

 

 裁判所と弁護士が協力して,よりよい司法制度を作り上げていくことが大事だと思います。