1 民暴事件とは  

 暴力団やエセ右翼団体などいわゆる反社会勢力を相手にする事件を総称して,弁護士の仲間では民暴事件と呼んでいます。

 暴力団などが一般市民の民事の紛争に関わってくるようになった時期があります。借金や売掛金の取り立て,倒産企業の私的整理をする際に,暴行や脅迫という手段を用いず,○○組という組織をちらつかせ,相手に圧力をかけて解決するのです。

 被害者は警察に相談しますが,警察も暴行や脅迫がなければ逮捕することもできませんし,警察の民事不介入という原則もあることから,取り締まりがされていませんでした。

 

2 民暴委員会

 しかし,暴力団が関わっていては公正な解決は望めませんし,高額の報酬を取られる被害も多発したことから,全国の弁護士会が民事介入暴力対策委員会を設置して,対応するようになりました。今から30年以上前のことです。通称「民暴委員会」と言われています。

 民暴委員会では,前述した事件に加えて,暴力団組事務所の撤去,エセ右翼の街宣活動の対応などにも取り組んできました。

 

3 暴力団対策法

 私も昭和63年に弁護士登録をした当初から,民暴委員会で活動してきました。そして,平成3年に暴力団対策法ができ,平成4年に映画「ミンボーの女」が公開された頃から,社会的にも一気に関心が高まりました。

 

4 弁護士の対応

 暴力団を相手とする事件は,複数の弁護士が協力し,警察と連携しながら対応します。ある企業に対して街宣活動が続くような事件の場合は,一定の区域での街宣活動を禁止する裁判所の仮処分命令を取って対処します。

 

 暴力団とかエセ右翼と聞くと,「極悪人だから,徹底的にやっつける」と考えて,相手に送る書面は言葉を極めて相手を非難するとか,話をする機会があっても相手の言うことには一切耳を貸さないという対応になりがちですが,これは正しくありません。

 

 弁護士は,紛争解決のプロであり,街宣活動で困っている依頼者の苦しみを少しでも早く解決することが必要です。ポイントは,相手が「街宣活動をやめよう」という気持を起こすようにすることです。

 

 裁判所の街宣禁止の仮処分が出れば,渋々ですが,やめようという気持になります。では,それ以外に相手の心を動かすことはできないでしょうか。

 

5 具体例その1

 私が経験した事件の中で,スムーズに解決できた例がありますので,その中の二つを紹介します。

 一つは,ある会社に街宣車が連日来るという事件で,会社から相談を受けました。私がその団体の代表に対して,業務の妨害だから街宣をやめるように警告した内容証明郵便を送りました。

 

しばらくして,その代表から事務所に電話があり,一度会いたいと言ってきたので,事務所で会うことになりました。この団体は,以前から何度も相手をしているところですが,その代表と二人で会うのは初めてでした。

 

 もともと会社内にもめ事があり,そのことに関係した人物が街宣を依頼したと思われましたので,私からもめ事の経緯と会社には何も問題ないことを説明しました。そして,最後に,「この件はあなたのような方が関わるほど社会的な価値の高い事件ではありませんよ。」と付け加えました。その代表は,得心した顔になって帰っていきました。そして,それ以降,街宣活動は止まりました。

 

 私が,強い口調で街宣活動を非難し続けたら,おそらく,相手も意地となって続けることになったのではないでしょうか。相手の立場に配慮して言葉を選ぶことが重要だと知らされました。

 

6 具体例その2

 もう一つの例も街宣活動ですが,前述の団体とは別の団体でした。過去に何度も相手をしてきたところです。ある企業の周りを毎日のように街宣車で回っていました。

 

 私から内容証明郵便を送ったところ,相手方に届いていないことが分かりました。政治団体として選挙管理委員会に登録されている住所に送ったのですが,現地は駐車場になっていて事務所のようなものはないようです。そこで,選管に届けられている電話番号にかけてみました。

 

 代表につながったので,私から「お久しぶりです。お変わりありませんか。実は,そちらの団体へ内容証明郵便を送ったのですが,届かなくて困っています。住所は間違いないでしょうか」と話しました。内容のことはまったく触れません。

 

 代表は「その住所は街宣車を置いている駐車場だけど,郵便は届くようになっているはずです。」と言いましたので,私は「そうですか。なぜか分かりませんが,届きませんでした。郵便局が間違えたのでしょうか。今は郵便局で預かっているのですが,もう一度届けるように言います。」と伝えました。

 

 すると,代表は「私の方で調べてみますので,また連絡します」と答え,電話は終わりました。しばらくして代表から連絡があり,留め置きされている郵便局まで取りに行ってくれることになりました。このようなやり取りをしてから,街宣活動はピタリと止まりました。

 

 私が電話口で相手に対して街宣活動をやめるようにと話をしていたら,そこで平行線になってしまい,結局,街宣活動が続くことになった可能性があります。

 「反社会勢力」と言われて,肩身の狭い思いをしている人たちですから,弁護士が丁寧に対応してくれると嬉しいと感ずるのではないでしょうか。

 

 裁判をすることなく,電話のやり取りだけで,相手に少しいい気分になってもらい,そのことで迷惑な行為が終わり,企業にも平穏がもたらされるとすれば,とてもよいことです。自利利他の一つと言えると思います。

 「人を動かす」(D・カーネギー)がとても役に立つと思いますので,是非参考にして下さい。