1 認知症

 認知症などで預金を自分で引き出せなくなった場合に,家族が代わりに引き出しを請求してきたら,銀行はどう対応するのでしょうか。これまでは現場まかせとなっていたようですが,全国銀行協会が新たに指針をまとめたというニュースが流れていました。

 全銀協のサイトに指針を見つけることはできませんでしたが,ニュースによると以下のような内容となっています。

 

 銀行としては,認知症の人の預金取引は成年後見人が行うべきと考えていますが,成年後見人のいない認知症患者が多く,親族が本人に代わって預金を下ろそうとして銀行とトラブルになるケースも多くありました。

 

 そこで,銀行としては,①認知症により判断能力が失われていることを診断書で確認し,②預金の引き出しが本人の利益に適合することが明らかである場合には,引き出しに応ずるという指針を定めたということです。

 

2 問題の所在

 全国銀行協会がこのような指針を定めた背景には,認知症患者が500万人以上いると言われながら,成年後見制度を利用しているのは22万人しかないという現実があります。

 

 認知症でありながら,成年後見人を選任していないということは,その人の財産は誰が管理しているのでしょうか。長男が認知症になった父親の預金を勝手に払い出し,他の兄弟が長男に対して返還を求めたり,払出に応じた銀行が紛争に巻き込まれることも少なくありません。銀行としては一切払出に応じなければよいのですが,病院や施設の費用を支払う必要もあり,拒否することが難しいケースもあるのです。

 

 そこで,苦渋の選択としてこのような指針を作ったものと思われます。しかし,この指針だけで解決できない場合が沢山あると思います。親族がキャッシュカードを使って,預金を好きなように使っているケースもあります。

 

3 成年後見制度

 本来は成年後見制度を利用すればよいのですが,「成年後見制度は使いにくい」という声が多く,利用者が少ないのです。成年後見制度は裁判所が監督する厳重な制度ですが,厳重すぎて,結果的に制度利用が進みません。

 

4 家族監督型財産管理委任契約

 私はもっと簡易な財産管理制度を提唱しています。裁判所が監督するのではなく,家族で監督するという制度です。それが家族監督型財産管理委任契約です。

 

 財産管理委任契約は,認知症になる前に,信頼できる人(受任者)に対して具体的な財産の管理や法律行為などを委任し,必要な代理権を与えるというものです。判断能力が衰える前に,公正証書によって契約し,早めに財産管理を委任します。委任する相手として、信頼できる人を選んで,その人を受任者として契約を結びます。

 

 任意後見契約によっても,信頼できる人を後見人にすることはできますが,家庭裁判所が後見監督人を選ぶこととなっており,任意後見人を後見監督人が監督し,更に家庭裁判所も監督するという重層的な制度であるため,敬遠されているのです。

 

 財産管理委任契約は,任意後見契約(財産管理移行型)と異なり,将来,判断能力が失われた場合でも財産管理委任契約は終了せず,後見人が選ばれない点に特徴があります。後見監督人や家庭裁判所の監督を受けませんし,それらに必要な報酬も発生しません。

 

 財産管理契約の中で,財産管理に加えて,介護施設との契約締結など委任事項をしっかりと定めておけば,後見人とほぼ同様の権限を有することとなります。

 

5 複数の目で監督

 裁判所が関与しないことから,受任者が財産を横領したり着服したりしないか心配される人もあると思います。財産管理委任契約では半年に1回とか1年に1回というように一定期間ごとに財産の管理状況を報告することを定めますが,報告先として本人に加えて法定相続人全員であるとか弁護士を指定しておくことができます。

 

 本人の判断能力が失われたとしても,報告先として指定された人が内容を監督できますし,報告先を複数にしておけば,多数の家族の目で監督することができます。もしも,疑問があれば説明を求め,財産管理の状態が不適切であると判断された場合は,正式に後見申立をして,財産管理委任契約を解除することもできます。

 このように裁判所ではなく,家族が監督することから,家族監督型財産管理委任契約と呼んでいます。

 

 なお,受任者は,銀行預金の払い出しや老人ホームの契約などはできますが,不動産の売買はできませんので,不動産の売買が必要となった場合には後見開始の申立てが必要となります。

 

6 公正証書

 財産管理委任契約は公正証書として作成しますが,多くの公証人はまだ経験がないと思います。判断能力が失われたら契約が終了するという契約しか作成したことがないので,よく説明をして理解してもらう必要があります。

 

 この家族監督型財産管理委任契約は後見制度の短所をカバーするものとして,今後,利用が増えていくものと思います。