1 初頭効果
行動経済学について,これまで何回か書いてきました。今日は初頭効果と新近効果について書きたいと思います。
初頭効果とは,最初に得た情報が後にまで影響を及ぼすことを言います。人と会うときに第一印象が大切だと言われるのは,初頭効果の影響が大きいからです。私は第一印象が悪いと言われますので,気をつけるようにしています。
2 新近効果
時々間違えている人がありますが,「親近」ではなく,「新近」です。新近効果とは、最後に得た情報や直前に得た情報が印象に残り,評価に影響を与えることです。スピーチコンテストでは最後に発表した人が有利だと言われますね。
友人のことを説明するときに,「性格は良いんだけど,仕事はあまりできない」という言い方と「仕事はあまりできないけど,性格は良い」という言い方で印象が変わりますね。最後にプラス評価を持ってくると印象が良くなります。
私たちは,この二つの効果について,よく知っておく必要があります。
3 離婚の裁判
A子さんとB男さんは,離婚の裁判中です。依頼者のA子さんは,離婚したいという強い気持ちを持っており,これまで夫の言動により苦しんできたことから慰謝料300万円の支払いを求めています。これに対してB男さんは,離婚もしないし慰謝料も払わないと争っています。
裁判がある程度進むと,和解の協議が始まります。裁判官が,「A子とB男は離婚をする。慰謝料はなしとする」という和解案を双方の弁護士に伝えてきました。
弁護士としては,訴訟の経過や証拠の中身から判決の見通しからすると,妥当な和解案だ考えられました。
4 どのように伝えるか
さて,この和解案をどのようにA子さんに伝えるのがよいでしょうか。
二つの言い方が考えられます。
① 和解案は,「離婚は認めるけれど,慰謝料は認めない」という内容です。
② 和解案は,「慰謝料は認めないけれど,離婚は認める」という内容です。
初頭効果を考えると,①がよいように思えます。自分の要求が認められた満足が,和解案に対する印象をよくします。
②だと,まず否定から入るので,不満の気持が先に出てしまいます。
新近効果を考えると逆ですね。①は「慰謝料は認めない」という否定で終わっていますので,マイナスイメージが残ります。
②は「離婚は認める」で終わっているので,プラスの印象が残ります。
5 慎重に考えましょう
このケースは,慎重に考える必要があります。
A子さんは,「離婚したい」という強い気持を持っています。しかし,気持だけで離婚できるものではありません。民法が定めている離婚原因を立証する必要がありますが,不貞や暴力など明らかに離婚原因となるような言動が見つからない場合もあります。ご本人は長年つらい思いをしてきたのですが,微妙なケースは少なくありません。
弁護士はA子さんとの打合せを重ねて,よく説明していますので,A子さんも簡単に離婚できるものでないことは分かっています。
しかし,何の慰謝料もなく離婚するということになると長い夫婦生活で自分だけが犠牲になってきたように思い,慰謝料を支払ってほしいと思っています。
この和解案については,説明の仕方によって,A子さんの反応は大きく異なると予想されますので,慎重に考える必要があるのです。
6 一番求めているもの
この和解案では,A子さんの一番の望みである離婚を認めることとなっています。まず,この意味をA子さんによく理解してもらうことが大切です。
そこで,最初に「裁判官は離婚を認めるという和解案を出してくれました。よかったですね」と伝えます。そして,離婚後の生活がA子さんの頭に具体的にイメージされるように,しばらくの時間を置きます。
その上で,「和解案では,離婚を認める代わりに,慰謝料は支払わないという内容になっています。相手方が離婚を受け入れやすいように裁判官が考えてくれたと思います」と説明します。
A子さんの心は,離婚できることの満足を得ていますので,慰謝料でもめて離婚を手放すことの不利益を素直に理解することができます。この和解案を受け入れる気持になりやすいと思います。
7 依頼者の悩み
依頼者は頭では受け入れることが正しいと思っていても,感情的に受け入れられないということがあります。感情的に決めてしまったら,将来に後悔を残すことも分かっていますが,大変悩み苦しみます。
弁護士は,そのような依頼者の心情を配慮し,適切なアドバイスで相手に納得してもらえるよう工夫することが必要です。