1 社会規範と市場規範   

前回から,行動経済学で言われる社会規範(意気に感じてやる)と市場規範(損得計算でやる)について書いています。家族や地域社会の中では,損得計算は働きません(社会規範)。商売となると,損得計算です(市場規範)。

今日は,会社と従業員の関係について考えてみたいと思います。

 

2 労働生産性

経営者は,従業員の労働生産性を上げたいと思っています。どうすれば生産性を上げることができるのかを考えて,すぐに思いつくのが成果給や歩合給の制度です。

従業員が出した成果に応じて給料を支払うというものであり,従業員はより多くの給料を求めて,より大きな成果を出すはずだという考え方です。

 

3 成果給

会社は従業員に目標を与えます。目標は多くの場合数字で表され,その達成度に応じて給与が決まるという仕組みが成果給制度です。頑張った人が頑張った成果に応じた給料を得るというのは合理的なように思えます。

 

しかし,成果というものはすぐに現れるものもあれば,時間がかかるものもあります。計測可能な成果(たとえば売上)もあれば,計測が難しい成果(信用)もあります。

 

成果給制度では,時間のかかる成果,計測が難しい成果は,給料に反映されないため次第に軽んじられていきます。成果給に反映される仕事には一生懸命に頑張るが,それ以外の仕事は手を抜きます。

 

これは従業員が悪いのではなく,経営者がそのように仕向けた結果です。それではいけないと,修正に修正を加えて,極めて複雑な給与体系になってしまった会社もあるようです。

 

3 会社のあり方

昭和の時代,会社員はみんなよく働きました。成果を上げても成果給が出るわけではありませんでしたが,意気に感じて働いていました。残業代が払われないのに夜遅くまで働きました(サービス残業はもちろん違法です)。

 

この時代,多くの会社員は,社会規範によって動いていたと思います。「会社の為に頑張ろう」という気持です。賃金は年々上がっていきましたが,毎月の給料は成果による増減はありません。しかし,会社の成長が自分の成長であるかのように感じて,一生懸命働きました。

 

「会社人間」という言葉はネガティブな意味で使われることが多いのですが,従業員は会社と自分が一体であるように考えていました。また,会社も従業員を家族のように扱い,社員旅行や運動会などのイベントも沢山ありました

職場が家族のような状態になると,そこには社会規範が妥当します。損得ではなく,みんなのために意気に感じて頑張るのです。

 

このような社会規範が根付いた日本的経営でしたが,成果給の導入により,市場規範が浸食し始めました。

成果給によって,従業員の目を「会社」ではなく,「給料」に向けました。「給料がもらえる仕事」と「給料がもらえない仕事」を峻別するように社長が仕向けてしまったのです。

 

4 転職

平成の時代に職場が社会規範の領域から市場規範の領域に変化しました。損得が支配し,従業員は会社に対する愛着を失ってしまいました。給料のより高い会社があれば簡単に転職するようになったのです。

金のために働き,金のために生きるという風潮が広がっています。

 

5 戻らない

社会規範から市場規範に変わってしまった場合,元に戻そうとしても簡単に戻りません。

前回,保育園で迎えに遅刻した親に罰金を課した例を紹介しました。罰金制度の導入により,社会規範から市場規範に変化して,遅刻する親が増えたという話です。

 

この保育園では,罰金制度が逆効果であったために,しばらくして罰金を廃止しました。では,親の行動は元に戻ったでしょうか。残念ながら,遅刻する親の数は増えてしまったのです。

一旦市場規範に占領されると,簡単には社会規範に戻りません。市場規範のもとでは,罰金がなくなれば「遅れた方が得」という考え方さえ出てきます。市場規範の導入には注意が必要です。

 

6 市場規範から社会規範へ

企業経営者の中には,成果主義が会社組織を弱体化させていることに気づき,社会規範に戻そうと考える人が少しずつ増えています。

会社と従業員の関係を損得計算から解き放とうとしています。

 

成果給は廃止し,従業員に対する福利厚生を厚くします。

地域社会における会社の地位(ブランド)を向上させ,従業員がその会社で働くことの誇りを高めます。表彰やプレゼントの贈呈などで,会社に貢献する喜びを与え,スタッフの一体感を作ります。

 

従業員が成果給に注目して損得計算で働く会社と,従業員が会社イコール自分と考え,意気に感じて働く会社では,どちらが大きな成果を出すでしょうか。

小さな新興企業が強いのは社会規範が支配しているからです。従業員はみんな自発的に,意欲的にバリバリ働きます。大企業は絶対に勝てないのです。

 

7 働く意味

従業員も自分自身を見つめる必要があります。目先の給料を追い求めるだけでよいのでしょうか。

一体何のために働くのか。金のためか,会社のためか,社会のためか,自分のためか,家族のためか,それとも・・。

毎日忙しい忙しいだけで生きていてはダメだと反省しています。