1 損か得か

行動経済学では,様々なことが研究されています。今回は社会規範と市場規範について書きます。

規範というと難しいのですが,社会規範とは,家族や親戚,地域社会などの社会的なつながりをベースにした考え方です。市場規範とは,金銭的に損か得かということを重視する考え方です。

 

2 弁護士に依頼

具体例を説明した方が分かりやすいと思います。

ある退職者協会が,複数の弁護士に声をかけ,「1時間3000円で困窮している退職者の相談に乗ってほしい」と依頼しました。ところが,これに応じた弁護士はありませんでした。その後,協会の担当者は素晴らしいアイデアを思いつきました。「困窮している退職者のために,無料で相談に乗ってもらえないか」と依頼したのです。すると圧倒的多数の弁護士が引き受けると答えてくれました。

 

「1時間3000円で」と言われると,弁護士は通常のタイムチャージ料金である1時間3万円と比較し,安すぎると思って断りました。金銭的な損得を考えると,あきらかに損だからです。これが市場規範です。

それに対して,「無料で」ということになると,これは公益的な社会活動であり,損得の問題ではなくなります。社会的に意義のある活動だと考えて引き受けたのです。これを社会規範と言います。

 

3 領域の違い

社会規範と市場規範とどちらが良いかという問題ではありません。それぞれの領域が異なるのです。

家族や地域の人間関係は,社会規範をベースにしています。職場も社会規範の領域でしたが,最近は変わってきました。

買い物や商売の関係となると市場規範がベースになります。

最も気をつけなければならないのは,社会規範の領域に市場規範を持ち込むことです。

 

4 正月に家族が集まる

正月には実家に帰省して,楽しく過ごす人が多いと思います。長距離を移動することも大変ですが,料理を用意して迎える方も大変です。

食材を買って,何時間もかけて調理しますが,子どもや孫が喜ぶ顔が見られることが何よりも嬉しいので,少しも苦にはなりません。意気に感じてするのであり,社会規範で動いています。

 

もしも,ここに市場規範を持ち込んだらどうなるでしょうか。

息子から「今回の食材費と光熱費,調理にかかった手間を時給計算して合計3万円を支払います」などと言われたら,一気に興ざめしてしまいます。

「金がほしくてやっているんじゃない」と腹を立てることでしょう。

 

5 罰金の効果

ある保育園では,子どもを迎えにくる時刻に時々遅れてくる親があり,困っていました。どうすれば,遅れないようになるかを検討し,1回遅れたら罰金として500円の延長料金を支払ってもらうことにしました。

ところが,罰金制度を始めたことによって,遅刻する親が増えてしまったのです。

 

罰金制度が始まるまでは,遅刻した親は「申し訳ない」という気持になって,できるだけ遅刻しないようにしようとしていました。

ところが,罰金制度になって,「罰金を支払えば,遅れてもよい」という考えが広まってしまったのです。「遅れてすみません」という社会規範から,「金を払っているのだから遅れてもよい」という市場規範に考えが変わってしまったのです。

 

6 様々な相談

弁護士は企業や団体,個人から様々な問題について相談を受けます。

社会規範と市場規範を正しく理解していないとまったく逆効果となるアドバイスをしてしまうことがあります。気をつけましょう。

 

7 弁護士会の活動

弁護士会では色々な公益活動をしていますが,弁護士は無償で活動します。無償ですが,社会のために貢献しているという自負がありますから,文句を言う弁護士は1人もありません。まさに社会規範であり,意気に感じてやっているのです。

 

もしも弁護士に対して中途半端な報酬を出すようなことになると,損得(市場規範)で考えるようになりますから,公益活動に参加する弁護士が減ってしまうことは確実です。しっかりと理解しておかねばならないと思います。

 

企業と従業員との関係もこの問題が大きく関わっています。今は,非常に危ない状況にあると思いますが,このことは明日にします。