1 行動経済学とは
私たちは,いつも合理的な判断や合理的な選択を求められています。裁判でも「その証言は合理的か」が吟味されます。世の中,「合理的」,「合理的」と連呼されているように感じませんか。
「合理的な判断」,「合理的な行動」とは,理屈にあった判断,論理的に正しい行動ということです。私たちは不合理な判断や合理的でない行動はしないと思っています。
これをひっくり返すのが行動経済学です。人間は不合理な判断,不合理な行動をするということを証明しました。「経済学」とありますが,実質は「人間学」です。
2 相対性
私たちはものごとを正確に認識できるでしょうか。その価値,影響の大きさなどです。私たちは,何かと比べないと判断できません。ということは,比べる対象によって,価値は大きくなったり小さくなったりするのです。
よく紹介されるのが下記の図です。真ん中のオレンジの○は同じ大きさです。疑われる人があれば定規で測って下さい。本当は同じ大きさなのに,どう見ても同じ大きさに見えません。左が小さく,右が大きく見えます。それは,周りを取り囲んでいる○の大きさと比較するからです。
3 エコノミスト
ダン・アリエリー著「予想どおりに不合理」(早川書房)にエコノミスト誌の広告について書かれています。
エコノミスト社のサイトに,以下のような広告が出されていました(日本円に換算しています)。
①オンライン版 年間購読料 6000円
②印刷版 年間購読料 1万2000円
③オンライン版と印刷版 年間購読料 1万2000円
これを見て皆さんはどう感じられるでしょうか。
まず最初に「①オンライン版6000円」を見ます。多くの人は高いとも安いとも何も感じないと思います。
次に,「②印刷版 1万2000円」を見ます。「オンライン版と違って印刷代や送料がかかるから2倍の購読料になるのも仕方ないね」と思うでしょう。
そして,最後に「③オンライン版と印刷版 1万2000円」を見ます。
印刷版と同じ金額です。
印刷版が手に入って,本来なら6000円かかるオンライン版がただでついてくる。これはお得だ」と感ずるのではないでしょうか。
ダン・アリエリー氏は,学生100人を対象にして実験をしました。
三つの選択肢を示して学生に選ばせたのです。
①オンライン版 年間購読料 6000円
②印刷版 年間購読料 1万2000円
③オンライン版と印刷版 年間購読料 1万2000円
結果は,①が16人,②が0人,③が84人という結果でした。予想どおりですね。
次にダン・アリエリー氏は②の選択肢を外して選ばせました。
①オンライン版 年間購読料 6000円
③オンライン版と印刷版 年間購読料 1万2000円
そうすると結果は大きく変わりました。
①が68人,③が32人となったのです。
①と③の金額は先ほどと変わりません。②があるかないかで,結果がこれほどまで変わります。②は,③を選ばせるためのおとりだったのですね。
私たちはものごとの価値を合理的に判断していると思っていますが,とんでもない誤りであることがよく分かります。
4 弁護士と相対性
弁護士が依頼者と接する場合も,依頼者が相対性(比較)によって考えていることをよく理解しなければなりません。
弁護士は依頼者に対して様々な判断を求めることがあります。裁判を提起するか否か,和解案を受け入れるか否か,上訴するか否かなどです。その場合には,正しい比較対象を提示して依頼者に選択してもらうことが必要です。
100万円の貸金の返還を請求する訴訟で,相手方が収入や財産がないために,50万円の和解案が提示されることがあります。
多くの依頼者は,本来100万円を返してもらうべきという強い考えがありますので,100万円と50万円を比較します。当然のことながら,50万円の和解案を選択することにはなりません。しかし,相手方の財産状態では100万円の勝訴判決を得たとしても,差し押さえできるものがありませんから,回収はほぼ見込めません。ですから,この場合,100万円と50万円を比較するのではなく,0円と50万円を比較することとなります。
0円と比べたら,50万円回収できることは喜ぶべき内容になります。
実際の訴訟ではこれほど単純ではなく,訴訟を続けることによる時間や労力の負担,上訴された場合の金銭の負担,相手方の倒産のリスクなど,様々な要因を分かりやすく説明して,選択してもらうこととなります。
裁判所は,依頼者を説得できる弁護士を高く評価しますが,問題は「説得」ではなく,「納得してもらえる選択肢の提示」ができるか否かということになると思います。
続きは明日にします。