私を育ててくれたその男は、建築士である。

 

 

 

私が事務所に入って仕事を始めた時、

毎日の発声の訓練や、オーディションの練習などで

実家で大きな声を出さなければならなかった。

 

 

自分の部屋はあるものの、

やはり大きな声は生活の邪魔になっているのではないかと神経質になったし

 

 

思い立った時いつでもやりたいのに

それが夜だと気にして、

好きなように声を出せなかったりした。

 

 

 

 

 

そんなストレスから解放されたいと、

実家の自分部屋に、防音室をレンタルしようとか、

 

別の場所に練習部屋を借りるとか、

 

考えた打開案をいくつか話していた時。

 

 

 

 

 

その男は

 

「防音室を作るか」

 

と言った。

 

 

 

え、そんな簡単に!?

出来るの!?

 

 

 

 

 

私は、そもそも自分が全くわからない分野を仕事にしている人を

心から尊敬するし、

 

 

人間に必要な『住』を0から生み出す

ということは、

本当にかっこいい仕事だと、

幼い頃から誇らしく、

尊敬の気持ちがあった。

 

 

 

 

しかも、その時何より嬉しかったのは

私の仕事の応援をしてくれること。

 

 

私の仕事のためだけに、

時間と労力をかけて

ストレスのない環境を整えてくれようとしている事。

 

 

気持ちが本当に嬉しかったし、

より一層頑張ろう!という気持ちになった。

今でも感謝の気持ちでいっぱいである。

 

 

 

 

 

設計図を見せてくれた時、

見ても説明されても何一つ分からなかった。

 

私は材料費をいくらか渡して、

板を支えたりして手伝っただけだが、

 

 

 

2日ほどで、

電話ボックスより一回り大きい、

一人で声を出すだけにピッタリの防音室が、

部屋に出来上がった!

 

 

サイズは私の身長にちょうどいい大きさになっており、

中から外も確認出来るように小窓もつけてある。

 

外からも、中にいるかどうか確認出来る。

 

 

 

 

 

中で蛍光灯の電気をつけられるようにしてくれた。

 

 

 

カベも吸音材が重ねられているようで。

前より一段と声が響かなくなり

周りを気にしなくて良くなり、

いつでも集中して練習することが出来た!

 

 

 

仕事の練習はもちろん、

歌の練習だったり、

読書に集中したい時、

夜中に友達と話す時にうるさくないように使ったり、

ギターの練習をしたり

様々なことに使わせてもらった。

 

 

防音室くんにかなり愛着も湧き、

 

それは、私のために防音室を

技術をフル回転して作ってくれたからこそだった。

 

 

 

 

 

 

 

それから数年

 

私は今でも、実家に行くたび、防音室を見るたび

嬉しい気持ちになるし、

扉を開閉してカビが生えないようにわずかながら換気したり、

訳もなく中に入ったり

白いカベをサラサラと触ったりして

有り難くなるのだった。

 

 

 

そして

先日、4月29日

 

急にラインが母から。

 

『えりの部屋の

防音室、壊します!』

 

 

 

 

 

 

 

え!?!?!?!?

 

 

 

 

 

え!?!?!?!!?

 

 

 

 

母 『必要ないから、壊してる』

 

 

 

 

マッッッ 

 

マジかーーーーーー!!!!!

 

 

てか、もう壊してるの・・・?事後報告なの・・・!?

 

 

 

私 『最後に写真をとっておいて欲しかった・・・』

 

母 『危ない!ギリギリ、間に合った。』

  『えりに話しているもんだと思ってたよー。』

 

 

 

私も、、まさか連絡なしにとは思わなかったよ・・・

 

 

 

 

そうか・・・

 

防音室は「私のモノ」だと思っていたけど、

 

建築士の男が建てたモノなのであって

 

「壊す」のも建築士の男がいかようにも出来る

 

ということなのか・・・・

 

 

 

 

なるほど。。。

 

その男は自分の作品を壊す際

どんな気持ちだったのかは分からない。

 

 

そもそもなぜ、壊そうと思ったのかは分からない、

「必要なかったから」ふと思い立って

壊しただけにすぎないのだろう。

 

 

私にとって謎が多く残るこの出来事に

私はシビレた。

 

 

 

 

彼は必要だから作るという建築士としての仕事を

全うしただけ。

 

必要だから作る。

必要ないから壊す。

 

やっぱりその男は、

上手く言葉に出来ないが、

なんかかっこいい、のだった。

 

 

 

 

 

 

そうか、

0から作るのって大変だから、

ずっと存在する大切なモノなのかと思ってたけど。

 

ああ、あの日、実家に行った時にサラッと触ったのが

私と防音室くんの最期だったのかぁ・・・

 

建物も、人間も、永遠にあり続けるものはないんだなあ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

 

母 『防音室、えりの部屋から完全に無くなった。そんなことより、ピカチュウの写真かわいいから送るね』

 

そんなもんかぁ〜。

別れは急だったけど今までありがとう。一生忘れないよ。

 

 

 

 

男はというと、

壊して残った キレイな木材を使って、

ベランダに置く「踏み台」を新しく作ったそうな。

 

 

いや リアルどうぶつの森だな!!!!

 

 

そんな、とある男のはなしです。