こんな事態を
誰が想像出来たでしょう
今日は
世にも奇妙な
本当にあった残念なお話

今年のお盆は
予てから計画していた通り
家族で
島根の実家へ行って来ました
家族で帰るのは
2019年のお正月ぶりです
実家の母はもちろん
誰もがこの休日を
とてもとても心待ちにしていました
日付けが変わった
13日(日)深夜
西へ向かって車で出発
ことの始まりは
外が白み始めた頃
娘のRUKAのひと言でした
なんか熱っぽいかも...
よもやの発熱っ!!
仕事柄、体温計は
いつも持ち歩いています
徐々に熱が上がって来たので
これはもしやと思い
地元に着いた15時に
休日当番医の
病院にて検査
待つこと30分
はい
コロナ陽性
でした
うそや~ん
こんなことってぇ
こんなことってぇ
…と
いうわけで
考えても
なにしても
この事態は変わらないので
さっそく
実家に電話を入れ
ことの事情を説明し
実家へ
私たちは車から降りず
玄関から出て来てくれた
母親たちと
少し離れた場所から
車の窓越しに
スマホのスピーカーで話をしました
娘は号泣っ...

(´;ω;`)
私も切なすぎて
母の顔が涙で滲みます
こちらからのお土産は渡せず
母親が
私たちのために用意してくれていた
煮しめや果物をタッパーに入れて
車の近くに置いてくれました
画像なし←それどころじゃなかったの
母親も弟夫婦も姪っ子も
RUKAの気持ちを慮って
「残念」という言葉を使わず
私たちを労い励ますことばかり
投げかけてくれて
また涙💧
楽しみがもう少し先に延びただけ
それだけのこと
と、母
(´;ω;`)
すべての予定はキャンセルし
母を連れて泊まる予定だった宿は
弟親子に行ってもらいました
めったに会えるわけじゃないのに…
子供らにいたっては
おばあちゃんに会うのは
数年ぶりだというのに
それも阻止されて…
なにかの罰ゲームですか?
って感じなんだけどw
でも
きっと
これって
次に会う時まで
母はまだ元気でいてくれる
ってことよね!
と解釈しました
少し仮眠や休憩をして
栃木へ戻ります
まさかのとんぼ返りw
悔しいけれど
こういう
どうしようもないことって
人生にはあるある!!
息子のRUKIが小6のときに
初めて挑戦した富士登山
頂上を目前にした9合目で
高山病にかかり
泣く泣く下山をした
あの日のことを思い出しました
さて
ずっと車の中で一緒だったし
更に、この状況のまま車で
栃木に帰らないといけないわけで
逃げも隠れも出来ません
覚悟はしていましたが‥
覚悟どおり
私も旦那も発熱いたしました
唯一
息子はまだ発症していないので
助かりました
でも
島根の家族と接触する前で
そこはほんとによかった
地元の友達は
台風を避けて帰ったと思えば
結果オーライだよ
とか
お母さんとはまだまだ
何度でも会えるから
とか
誰のせいでもない
いつかきっと笑い話になるよ
とか
めちゃくちゃ励ましてくれました
ありがとう!!
なんかさー
コロナの検査を受けるために
島根に行ったみたいですよねw
これで
家族全員が
コロナに感染したことになりますが
私だけ2回目です
今日になってやっと
カラダにまとわりついていた
倦怠感が
スーッと抜けた気がします
1.8キロ痩せたけど
なんの問題もなく
またすぐに戻るでしょうw
少し余裕をいただいて
来週の水曜日から
仕事復帰することになりました

以下
写真を少し
載せておきますかね
実家を出て
松江方面へ向かい
寝ているRUKAを車に残し
ちょっと間
宍道湖の夕日に
長いドライブの疲れを癒してもらいました
ライ
初、宍道湖
実家に渡すはずだったお土産は
日本を代表する建築家
隈研吾氏が
設計された建物が話題の
今年7月小山市にOPENした
「アオヤカンパーニュ」さんで
色々と用意していました
こちらは
姪っ子ちゃんからいただいた
伊勢名物の赤福
本当は運転したくない高速道路
横顔が必死ですw
私と旦那が休んでいる間
息子が
ご飯を用意してくれました
マカロニサラダ、美味しかったぁ
大好物のブリのお刺身
人生で初めて
息子が作ったおにぎりを食べました!
感涙っ

「命の母」が入ってるw
私、コロナだって言ってるのに
更年期障害だと思ってるふう
最後に
ますます
おもしろくなってきた
日曜劇場
【VIVANT】
今後、放送される
出雲大社での結婚式のシーンでは
私の同級生も
エキストラ出演をしています
なぜ島根なのか
『ザ・スピリット』の番組の中で
福澤監督が
松江と
私が生れ育った奥出雲町で
その魅力を
存分に語って下さっています
よろしかったらどうぞ
さあ、
部屋の掃除でもしようかな