先日、

お風呂の湯船に浸かっていたら

リビングに置いているスマホが

私を呼んでいる音がしたぱっ

 

旦那は?

何も言って来ないところをみると

寝たのか???

 

まー

じき切れるだろうと思っていたが

けっこうしぶとく

ca~~~~~~~~lling!!

 

なんだろう

なんだろう

誰がなんの用だろう。

 

気になって

気になって

しゃ~ないから

 

体は洗わず

シャンプーと洗顔だけして

(この選別、どうなのか笑

いったん、あがった。

 

スマホを覗く。

電話の履歴に残されていたのは

 

なんと

なんと

 

私の小学校時代の恩師だったびっくりマーク

 

12月3日にアップしたブログ

『思い出の人』の中でお披露目した

私の小学校のクラス写真。

その写真に写っている

当時の担任の先生だ。

 

記事にも書いたけど

ひとクラスしかない私たちは

6年間の半分をその先生と過ごした。

私たちにとってかけがえのない先生。

 

その先生が

今ごろ、私になんの用事なのだろ。

折り返す。

 

「まるるかね?」

変わらぬ先生の声。

 

先生、ご無沙汰してます~

お元気でしたか~

 

先生は

「来年、わたしは米寿になるんだけどね」

とおっしゃると

次のように続けられた。

 

もし、あんたたちが

古稀のときのように

どこかでお祝いを計画しているようなら

お断りしようと思ってね。

というのも、

もう私は歳をとってしまって

出かけるとすぐに疲れてしまうけん。

だけん、そんな気は遣わなくていいけん。

 

で、あんたらは何歳になった?

「51になります」

はー、若いなあ。

この歳にもなるとね、

体が思うように動かなくなって

つまらんことだな~って思うよ。

 

現役を引退されてからも

活動的な先生は

精力的にいろんなことに

チャレンジされていたが

だからこそよけいに

もどかしく歯がゆいのだろう。

 

続けて先生はこうおっしゃった。

 

でもね、楽しいことを考えようとして

頭に浮かぶのは

あんたたちと過ごした3年間だよ。

 

先生の長きにわたる教師生活で

一番に私たちのことを思い出してくれる、、

 

嬉しかった

感激した

涙があふれた

 

1時間は話しただろうか。

最後に、もう一度

米寿のお祝いの件を念押しされた。

「もしそういう話が出れば

 まるるの口からみんなに言ってくれる?」

 

承知しました。

でも、先生…

それならば、私たちが先生のところへ

会いに行きますよ。

先生への思いは

今も変わらずみんな一緒ですからね。

 

電話をきる。

 

そして

きってから

ある感慨にとらわれた。

 

どうして先生は

私に連絡をくれたのか

なんで私だったのか

何故わたしが

43人の代表みたいになってるのか

しかも

私が一番遠方に住んでいるのに…。

 

それはでも、率直に…嬉しかった。

小学生のときの私は

手がかかる子の中のひとりで

先生にもいっぱい心配かけてきたから

頼りにされるのはすごく嬉しい。

 

 

○○学級という

先生の名前がグループ名の

同級生グループLINEで

みんなに発信。

 

ひとりの同級生の案で

先生はお花が大好きだったから

お祝いにお花を贈ることになったkirakira

 

島根本部のみんなと

大阪(関西)支部のメンバーが

それぞれの忘新年会で

話を煮詰めてくれる予定です。

 

ひとり関東支部の私は

栃木からひっそりと

それを見守りたいと思います。

 

先生、ありがとうハート