なにかと物議が絶えないスポーツ界にあってご多分に漏れず、相撲界にも怪しげな暗雲が漂う中、一筋の明るいニュースが飛び込んできた。相撲ファンにとっては、久しぶりに明るい話題だった。

 

 今年の3月場所(春場所)で110年ぶりの快挙が誕生したのだ。新入幕東17枚目(どんじり)の尊富士(24歳)がいきなり優勝したのだから驚くのも無理もない。千秋楽で豪ノ山(25)を破り、13勝2敗で優勝杯を手にした。上位3役ではなく、新入幕で優勝を果たしたのは史上2人目だという。1人目は1914年〈大正3)5月場所なのでそれ以来というと110年ぶりということになる。 

 

 14日目、朝乃山に敗れ、右足を怪我して歩けないほどの苦痛を抱き、千秋楽は欠場を危ぶまれたが、兄弟子の横綱照ノ富士に「ここでやめたらどうする。悔いを残すことになりはしないか。だとすれば全力で戦い、勝っても負けても納得いくだろう」と励まされて千秋楽を迎えたのである。

 

 横綱照ノ富士もまた膝の怪我などで大関から一時は序二段まで番付を落としてから横綱まで上り詰めた経歴を持つだけに怪我で落ち込む心情的には十分理解していたのであろう。すると傷めた右足もすっきりと立ち上がることが出来たという。

 そして壕の山を押し倒しで破り新入幕での幕内最高優勝を果たした。また、併せて殊勲賞、敢闘賞、技能賞の三賞も同時に受賞した。同一場所で三賞すべて受賞するのは2000年11月の琴光喜以来約24年ぶり6人目、新入幕力士では1973年9月の大錦以来約51年ぶり2人目である。また青森県出身力士の幕内優勝は、1997年11月場所の貴ノ浪以来約27年ぶりとなった。 

 

 次々と記録を塗り替える尊富士は、どんな関取なのか。いろんな逸話や成績が紹介されていたが、幼いころから祖父の草相撲を見て育ち、やがて自分も相撲を取ると決めていたようだ。いわゆるわんぱく相撲では注目を浴びていたのだ。中学・高校、さらに大学へと進学し、数々の記録を打ち立て、やがて伊勢ケ浜部屋に入門した。伊勢ヶ浜部屋の師匠は9代伊勢ヶ濱(元横綱・旭富士)で青森県出身でもあった。学生時代から師匠や高校の同窓生でもある横綱照ノ富士からも目をかけられていた。 

   

 22年年9月新弟子検査を受験、23歳であったため、年齢制限緩和措置が適用されて入門を許されたというのだから相当の逸材なのだ。 

 

 とにかく入門以来の成績を見ると頷ける。初めて番付に名前が載った2022年11月場所は7戦全勝で序の口優勝、23年1月場所も7戦全勝で序二段優勝を果たした。こうして格が上がるとともに幕下までになった。幕下4場所目となった2023年11月場所は、勝ち越せばほぼ確実に関取昇進となる西幕下筆頭まで地位を上げた。未だ十両にもなっていなかった。    初めて髷を結い、関取となった尊富士は、2024年1月場所で待望の新十両昇進が決定した。 

 

 なかなか負けん気の強いファイターのようで「自分の持ち味、立ち合いをもっと強化していく。やるしかないという思い」と意欲を持った。師匠の伊勢ヶ濱は「まだやらないといけないことが多い。青森の人は横綱にならないと認めてくれないよ」と冗談も交えて期待を寄せた。 

 

 期待通り今年の1月場所、新十両ではすでに中日で勝ち越しを決め、千秋楽を待たずに十両優勝を決めたのである。まさに破竹の勢いだ。そしてこの3月場所ではついに幕内に昇進し、東17枚目(どんじり)となった。初土俵から所要9場所での新入幕は1958年以降の初土俵としては史上最速タイのスピード出世、新十両から1場所通過は史上7人目となった。

 

 優勝会見では「記録で満足しているようでは先は見えない」といい、さらに、「昨日の足首のケガは歩けないほど深刻だったし、痛みのために眠れなかった。しかし出場しなければ一生後悔すると思った。正直言って(ケガのため)無理だと思ったが、強行してよかった」と感想を述べていた。また「記録はともかく記憶に残るような力士になりたい」となかなか味のある言葉を話していた。

 

 また、大相撲で唯一の現役横綱・照ノ富士(32)から前夜、「お前ならやれる」と言われたとも語り、『(先輩に励まされても)土俵に上がらなきゃ男じゃない』と思い、出場を決意した」とも話し観衆を沸かせていた。 同日、尊富士の故郷・青森県五所川原市では、住民の応援で盛り上がっていたが、青森県の地元紙は尊富士の優勝で号外を発行した。五所川原市の佐々木孝昌市長は「不撓(ふとう)不屈の精神が現れた取組で、感動のひと言だ。地元にとってこれほど栄誉なことはない。『市民栄誉賞』を設けて第1号を尊富士に贈る」と発表した。 

 

 数々の記録を塗り替えた若きエースが誕生したとも思えるが、勝負はこれからだ。まだまだ三役には届かない。大いなる期待を背負って、来場所以降楽しみの輪を広げてくれるだろう。若い人の力は多くの人びとに元気を届ける魔力を持っている。相撲ファンの一人としてうれしいニュースだった。 

2024年3月25日記