梅雨入りが遅れている。

暑さは既に夏を思わせる。

季節の移り変わりに翻弄されながら

それを楽しめている今日この頃。

 

 

本日の金言

そういう意味では毎日がそうである。

 

 

今週末にいよいよ還暦を迎える。

特に何がある訳ではないけれど

願わくば心静かに迎えたい気持ちはある。

彼女から祝ってもらえない遣る瀬無さと共に。

 

 

最近真面目にSAXに練習をしている。

年明けに勢いで買った安売りのSAXだった。

買って暫くは眺めるだけだったが

初心を思い出してからは練習に励めるようになった。

 

お客様からも私がSAXを始めた事での話題で

色々とコミュニケーションが取れるようになった。

特に全くの初心者ながらいきなり始めた事に

驚かれるお客様も少なくなく話題作りとしては成功である。

 

SAXを始めたきっかけは過去に記しているが

おそらく自身のためにだけだったらやらないだろう。

今はただ続ける事を続ける、をただひたすら全うする。

この歳になり始めて継続は力なりの言葉を信じたいと思う。

 

 

昨日神戸大学医学部にて検体の申し込みを済ませた。

過去に検体の事を知りいつかはという気持ちはあった。

彼女との別居が始まってから始めた身辺整理のひとつ。

過去の罪滅ぼしのためにこの愚体を役立てていただきたい。

 

 

何かを始めたり何かを志したりすると

不思議にも気持ちが前向きになる気がする。

思い込みかも知れないがその思い込みが日常を豊かにする、

そんな自己満足があっても良いのではないだろう。

 

いつかやろうと思っていた事をやれる人は少ない。

それは何かを変える事よりも変えたくない気持ちが優先される

人はその葛藤の中で毎日を消化していると思う。

変える事変えない事の選択ほど人生において悩ましいものはない。

 

かといってSAXを始めたから検体に申し込んだから、が

日常に大きな変化をもたらすものではない。

決めた事や決めようと思った事を終わらせるのは

少なからず精神衛生上良い効果があると勝手に思っている。

 

心穏やかに過ごしたいという、ジョジョの奇妙な冒険の

吉良吉影の台詞のような気分はここ最近頓に思うようになった。

彼女がいない寂しさ哀しさは消えないけれど

心の平安という幸せに浸れる日々がある幸せは味わえている。

 

 

今までこんな気持ちになれるとは思う事はなかった。

きっと彼女の死が齎してくれたギフトだろうと思っている。