041 昭和四十六年 大久保清の犯罪 | こばじぃのブログ

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三軒茶屋から山梨県上野原に転居した【ぢぢぃ】のアレコレ

2022/6/1:サイドバーに、
上野原情報メディア「めためたUENOHARA」による、
YouTube「八重山と、こばじぃ」をリンクしました

あまりにもおぞましい事件なので書く事をためらったが、我が“ドタバタ人生”における衝撃的な出来事だったので、掲載することにした。



1971年4月になると、

「群馬県で若い女性の行方不明者が続出している」

というニュースが流れ始めた。


そして、同年5月13日に前橋市の路上で、行方不明者の家族の私設捜査隊によって犯人が取り押さえられた。


犯人の名は“大久保清”(当時36歳)
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彼は日本人とロシア人のハーフで、小学校の頃には幼女に性的いたずらをしたり、'55年には強姦容疑で執行猶予付きの判決を受け、その半年後に再び強姦未遂事件を起こして3年半の実刑判決を受けて入所した。


模範囚となった大久保は、'59年に出所。

その後、結婚して子供までできたが、'66年にはまたしても2人を強姦したかどで懲役刑となる。


'71年3月に仮出所した大久保は、父親を騙して“マツダ・ファミリア・ロータリー・クーペ”
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を買ってもらい、これ以降、群馬県内の主要駅の近辺で“ガールハント(ナンパ?)”に明け暮れる。


ベレー帽をかぶり、ルパシカ(ロシアの民族衣装)を着て、小脇には小説を挟み、

「僕は美大出身の絵かきなんだけど、榛名山湖畔のアトリエでキミをモデルに…」

「僕は○○中学校の数学の教師なんだけど、その辺でお茶に…」

と、千人以上に声を掛け、150人近くが車に同乗し、十数人と関係を結び…

そして、8人を殺害し、死体を造成地や山中に埋めた。



逮捕後の自供によって判明した殺害へのヒキガネ。(というか被害者の決定的な一言)


①高校生Aさん17歳:3月31日殺害

「私の兄は検察官です」


②ウエイトレスBさん17歳:4月6日殺害

「私には警察官の旦那がいるんだよ」


③県臨時職員Cさん19歳:4月17日殺害

「警察と県警記者クラブに知り合いがいるから、アンタの事を世間に知らせてやる」


④高校生Dさん17歳:4月18日殺害

「父は派出所に勤務している。この前関係した事は強姦事件になる…」


⑤高校生Eさん17歳:4月27日殺害

「私のお父さんは、デモを取り締まる人を指揮している警察官だ」


⑥公社職員Fさん18歳:5月3日殺害

「あんたは教師じゃないでしょう。出所したばかりの大久保さんでしょう」


⑦会社員Gさん21歳:5月9日殺害

「私の父は刑事よ」


⑧家事手伝いHさん21歳:5月10日殺害

「最近刑務所から帰って来たんだってね。家族とも別居してるそうだし…」



なんと、41日間で8人もの被害者が出た!

8人とも2度目以降の逢瀬で殺害されてる。(初対面ではなかったのだ)

そして、身内に警察関係者のいる犠牲者は一人もいなかった。


こうなってしまった場合、絶対に言ってはいけないセリフ、「身内(知り合い)に警察関係者が…」



巷には“フリーセックス”だとか“性の解放”なんて言葉があふれており、郊外には“モーテル”と称する怪しげなホテルが林立していた時代。



1973年2月22日、死刑が確定。


1976年1月22日、東京拘置所にて死刑執行。



そして、1983年8月29日にTBSでドラマ化され、ビートたけしが大久保清を演じて話題になった。


ビデオ化された。
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- 続く -


ちょうどこの頃、サンスター文具から発売された、“ニコちゃんバッチ”と言われるスマイリーフェイスが流行りはじめ、写真を撮られる時には「ピース」といってVサインをするようになった。


未だに理解できない。

“Victory(勝利)”が、なぜ“Peace(平和)”なのか。



まぁ、たまにはあるけどねっ。“勝利による平和”ってヤツが♪