由「えっと.....その...」


 伝えなきゃいけないのに。言葉が出ない


 この人は、わたしの想いを聞いてどう感じるのだろうか


 渡邉さんの顔を見ると怖くなって、つい俯いてしまうと
 すっと伸びてきた手がわたしの手に重なる




 温かい




 理「ゆっくりでいいから。由依ちゃんの気持ち、聞かせて」


 落ち着いた渡邉さんの声


 こんなにも、大事にされてるのに。
 わたしは一体何に怯えているのだろうか


 由「.......っ」

 理「えっ、ちょ、大丈夫?」


 気持ちがいっぱいいっぱいになって。何も話せない
 自分が嫌になる。気が付けば大粒の涙を流していて。
 それを見た渡邉さんが血相を変えてわたしの隣へ来ると
 ハンカチでその涙を拭った


 由「っ、すみませっ、ぅ、」

 理「.......由依ちゃん」

 由「ごめんなさぃ、わたし、っ、」


 一度溢れ出した物は止まることを知らず、
 ぽたぽたと床を汚していった


 理「...ほら、おいで」


 背中に回した手にぐっと力を入れて自分の方へ
 寄せる渡邉さん。頭を包み込んでぎゅっと
 抱きしめられる


 理「わたしは好きだよ。ずっと、由依ちゃんだけが好き。由依ちゃんは、わたしのことどう思ってるの?」


 優しく頭を撫でる渡邉さん。とくん、とくんと
 彼女の心音が耳に入る。心地よくて、安心する




 わたし、やっぱりこの人が好きだ




 由「っ、す、き」

 理「ん?」

 由「...すき、すきです、渡邉さんが、」


 彼女の胸に顔を埋めて背中に手を回す


 ようやく伝えられた自分の想い。ドキドキしながらも
 胸のモヤが晴れていくような感じがした


 理「...ふふ、ありがとう。わたし、すっごい嬉しい。やっと両想いになれた」


 渡邉さんは呟くと肩に手を置いてわたしを引き剥がすと
 微笑みながらわたしの顔をじっと見つめる


 ぐしゃぐしゃになった顔。こんなの、他人に
 見られたくないはずなのに。彼女になら見せても
 大丈夫だと自然と思えた


 頬に手を添えて流れる涙を親指で拭う


 理「やっぱり由依ちゃんはかわいいね」

 由「っ、そんなこと.......か、かわいくなんかないです。.....素直になれないし、面倒臭い女だし、っ、わ、渡邉さんの元カノと比べたらちんちくりんで美人でもなんでもないし...っ」

 理「そんなことない、かわいいよ。しっかりしてるけどどこか抜けてて、不器用で素直になれないとこも、いっぱいいっぱいになって泣いちゃうとこも。全部、かわいい。わたしにとっては由依ちゃんが世界で1番かわいいよ」


 怒涛の惚気に顔が熱くなる


 自分はかわいくもなければ何か特別なことができる
 人間でもない。ずっと昔から感じていたこと。
 そしてそれがずっと胸につっかえていて、
 素直になれなかった原因


 それを彼女はかわいい、そんな一言で纏めて。
 真っ直ぐ、わたしのことを見つめている


 理「...わたしがね、こんな夢中になれるのは由依ちゃんだからだよ。かわいい由依ちゃんだから、ちょっと強引になっちゃうし、嫌われたくないって思うの.......あのね、由依ちゃん。わたし、由依ちゃんに謝らなきゃいけないことがあるんだ」


 少し目を伏せた渡邉さん


 理「.......怒らないで聞いてくれる?」


 そう聞かれてわたしは迷わず首を縦に振った


 どんなことでも、彼女なら受け入れられると思ったから



 ────────────────────────



 由「.......えっ、え.......えぇ!?」

 理「しー、声大きいよ」

 由「いやっ、だって、えっ?」

 理「ほんと、ごめんね」


 渡邉さんが話したのはわたし達の妙な関係が
 始まったあの日のこと


 飲み会で潰れてしまったわたしを介抱してくれた
 渡邉さん。彼女の家に連れて行かれてそのまま
 事に及んだとその時の状況と彼女がかけてきた言葉で
 察していたけど


 実はあの日、わたし達は何も無かったと、
 打ち明けられた


 由「えっ、でも、あの時わたし...」

 理「...正直、正直だよ?酔った由依ちゃんのこと抱いて既成事実でも作ろうかなって思ったりもしたけど、気持ち良さそうに寝てる由依ちゃんの顔見たらなんか手出せなくて....でも、なんか印象付けはしたいなって思ってたし、下着姿で寝かせて...わたしは普段着もしないバスローブ着て...勢いでやっちゃったみたいな...そんな雰囲気作って....ずっと恋人面してたっていうか...その.......ごめん」


 衝撃の事実に開いた口が塞がらない


 あれは全て、渡邉さんの演出だったわけ?
 わたしがやらかしたとかじゃなくて、渡邉さんが
 仕組んだ事だったんだ


 由「.......なんだ、よかったぁ....」


 その事実にふっと体の力が抜ける


 理「由依ちゃん.....?」

 由「そっか.......何もなかったんだ...よかった...」

 理「.......嫌いになった?」


 反省した顔して上目遣いで聞いてくる渡邉さん。
 その顔を見て少し考えたあと彼女の手を握った


 すると渡邉さんは驚いたような表情を浮かべる


 由「何もなかったならそれでいいです。あの時の渡邉さんとの事、何も覚えてなかったのすごく後悔してたから....だから安心しました」

 理「...じゃあ.....」

 由「.......嫌いになんてならないです。ちょっとびっくりしましたけど...」

 理「.......由依ちゃん......もぉ!すき...っ」

 由「っ、うわっ」


 少し目を潤ませたあと、勢いよく抱きついてきた
 渡邉さんを受け止める


 理「ずっと、すきだったから、誰にも取られたくなかったの、わたしだけの由依ちゃんでいてほしかったから、夏鈴ちゃんと仲良くしてるの見てすごく妬いたし...」

 由「渡邉さん、」

 理「すき、すきだよ由依ちゃん」


 子どものように縋りついてくる渡邉さんの背中に
 そっと手を添える


 由「.......わたしも、すきです」



 ────────────────────────



 理「はぁ、長居しちゃったね」

 由「そうですね.......奢っていただいてすみません...」

 理「そんなの気にしなくていいの」


 居酒屋を出て2人で手を繋ぎながら夜道を歩く


 お店を出る時、店員さんがやけににやにやしてたような
 気がしたけど....たぶん気の所為


 すっかり夜も更けて車も人も少ない


 理「わたしの家ここから近いけど...来る?」


 と顔を覗き込んでくる渡邉さんにうん、と頷いた


 数分歩いて着いた彼女の家。本当に近くだったんだ。
 まだ数回しか行ったことがないし、最後にお邪魔した
 のも1ヶ月以上前の話だから忘れていた


 部屋に上がってリビングに通されるとソファに
 座るように言われて、大人しくソファへと腰掛ける


 渡邉さんは着替えてくると言って寝室へと姿を消した


 理「由依ちゃん」

 由「はい?」

 理「隣、行ってもいい?」


 寝室から出てきた渡邉さんは未だスーツのままで。
 わざわざわたしにそう尋ねる


 由「どうぞ...?」

 理「ありがとう」


 わたしの隣に来て、ぴったりくっついて座る渡邉さん


 どこか、ソワソワしてるような


 理「.......あ、あのね、由依ちゃん」

 由「はい」

 理「右手、出してくれる?」

 由「手...?あ、はい.....」


 こちらに体を向けた渡邉さんに言われて
 右手を差し出す


 すると、ポケットから箱を取りだした渡邉さん。
 ゆっくり開けて中から取り出したのは中央にダイヤが
 飾られたシルバーの指輪


 わたしの手を優しく取って、薬指にそれを嵌める


 由「わぁ.......綺麗...」

 理「...ずっとね、それを渡したくて.......わたしと由依ちゃんの愛の証...みたいな...?あ、あと虫除けに」

 由「虫除けって.......でもいいんですか?こんな素敵なもの...」

 理「由依ちゃんにつけてほしいの。.......これね、わたしとお揃いなんだ」


 見て、と右手を見せてくる渡邉さん。薬指には全く
 同じデザインの指輪が嵌められていて。鼓動が早くなる


 理「わたしと由依ちゃんはずっと一緒だよ」


 そう呟いてわたしの右手に自分の右手を
 ゆっくりと重ねて、指を絡める渡邉さん


 由「渡邉さん.....」

 理「.......重い、よね」

 由「へっ?」

 理「指輪まで用意しちゃって。でも、わたし不安で...由依ちゃんみんなから好かれてるからいつか取られちゃうんじゃないかって....」


 そう言って俯く渡邉さん


 渡邉さんがそんな心配、全くしなくていいのに


 彼女もわたしと同じで、ずっと不安なんだ


 彼女の人間らしいところに触れて、愛おしさが
 溢れてくる


 由「渡邉さん」

 理「...ん?」

 由「わたしは、ずっと渡邉さんだけのものです」

 理「.......え?」

 由「その代わり、渡邉さんも、ずっとわたしだけのものでいてください」


 左手で彼女の頬に触れる。渡邉さんは目を丸くして
 わたしの顔を見た


 理「.......ほんとに?わたし、由依ちゃんとずっと一緒にいていい?」

 由「はい、もちろんです」

 理「.......ありがとう、由依ちゃん、っ」


 後頭部に手を回して、引き寄せられ彼女の腕の中に
 閉じ込められる


 どうしてこうも彼女は温かいのだろうか


 理「由依ちゃん」

 由「はい」

 理「キス、してもいい?」

 由「...っ、はい」


 両手で頬を包まれてゆっくりと唇が重なる



 ────────────────────────



 ひ「ちょっと聞いてくださいよ由依さん。理佐さん、本命の人できたっぽいです」

 由「.......なんでわかるの?」

 ひ「だって!指輪!」

 由「指輪?」

 ひ「理佐さん、今までアクセサリーとか全く付けてなかったのに今朝見たら指輪ついてて...しかも薬指ですよ?もう確定ですよね....」


 数日後。出勤してそうそうにひかるからそんな話を
 聞かされた


 項垂れるひかる越しに渡邉さんと目が合う。
 にこっと微笑む渡邉さん


 わたしのわがままで、付き合っていることは秘密に
 してもらっている。だって、バレたらめんどくさい事に
 なりそうだし


 由「別にいいじゃん」

 ひ「.......はぁ、やっぱりあの人は高嶺の花だったんですね...相手の人どんな人なんですかね.......絶対美人ですよね...」


 なんて言われて少し気まづくなる


 やっぱ渡邉さんの彼女となると
 そういうイメージあるんだ


 本当にわたしで大丈夫なのだろうか。と自分の右手に
 嵌められた指輪を見つめる


 ひ「そういえば由依さん、例の恋人とはどうなったんですか?」

 由「んー?別に何も?」

 ひ「浮気のこと、ちゃんと話したんですか?」

 由「まぁまぁまぁ....まぁ」

 ひ「なんですかそのはぐらし方、気になるじゃないですか」

 由「また今度話すね。トイレ行ってくる」

 ひ「あ、逃げたぁ!」



 ────────────────────────



 由「あ」

 夏「あ」


 トイレから出ると同じタイミングで出てきた
 夏鈴ちゃんとばったり。デジャブだ


 由「お、おはよ〜」

 夏「おはようございます〜。今日も眠そうな顔してますね」

 由「失礼な。夏鈴ちゃんもだよ。寝癖ついてるし

 夏「え、うそぉ、ちゃんと直してきたんですけど、」

 由「やっぱり夏鈴ちゃんは夏鈴ちゃんだね」

 夏「はぁ?なんですかそれ」


 あの時のことをまるで気にしてないような夏鈴ちゃん。
 後ろの髪をぴょんっと跳ねさせていて子どもみたい


 気にしてるのはわたしだけか


 由「.......あのね、夏鈴ちゃん」

 理「由依ちゃん」


 夏鈴ちゃんにはちゃんと話しておこうと
 口を開いたとき、彼女に名前を呼ばれる


 由「渡邉さ、」

 理「倉庫にサンプル取りに行くんだけど、手伝ってもらっていい?」

 由「あ、はい、分かりました。.......じゃあね夏鈴ちゃん」

 夏「はい、頑張ってくださいね〜」


 ヘラヘラしながら手を振る夏鈴ちゃん


 渡邉さんが若干睨んでたような感じがしたけど。
 気にしないでおこう


 由「すみません、お待たせしました」

 理「ん、行こっか」


 渡邉さんに言われて1歩、足を踏み出した時


 夏「小林さん!」


 夏鈴ちゃんに大声で名前を呼ばれる


 渡邉さんと同時に彼女の方へ振り向くと



 よかったですね



 と、確かにそう夏鈴ちゃんの口が動いた


 由「.......ありがとう」

 理「ん?」

 由「いえ、なんでもないです。行きましょう」



 ────────────────────────



 エレベーターに乗って地下へと向かう


 段々下がっていく階層の表示をぼーっと見ていると
 ぴたっと渡邉さんがくっついて来て指を絡め取られる


 理「...妬けちゃう」

 由「はい?」

 理「.......夏鈴ちゃんと仲良さそうにしてるの」

 由「それは.......」



 
 理「由依」

 由「...っ、えっ?」


 突然の呼び捨てに驚いて彼女の方へ顔を向けると
 かぷっと噛み付くようなキスをされる


 体を押されてとんっと背中に壁が当たる


 由「はっ、わたなべさっ、」

 理「.......わたし、嫉妬深いの。忘れないでね」

 由「っ、ちょちょちょ」


 プチプチとブラウスのボタンを2つ外して、
 少し見えた胸元にぢゅっと吸い付く渡邉さん


 赤い印がしっかりと付けられて。恥ずかしくなる


 理「これでよし」

 由「っ、じゃないですよ!こんなとこ、」

 理「見えないから大丈夫でしょ?.......それともなに?見られる予定でもあるの?」

 由「いや、ないですけど....」


 そんなやり取りをしていればチンと、地下室に到着する


 渡邉さんはわたしから離れることなく、
 手を繋ぐと倉庫までの道を歩く


 理「今日、わたしの家来るでしょ?」

 由「.......ん?え?」

 理「え?来ないの?」

 由「いや、行かせていただきます」

 理「だよね。美味しいワイン貰ったから一緒に飲も!あと、今日こそ、ちゃんと抱かせて


 なんて、渡邉さんのそんな言葉にきょとんとする


 由「...........はっ!?」

 理「もうずっと我慢したから。今日こそは」

 由「やっ、でも、明日も仕事だし.....」

 理「有給申請出しておくから」

 由「そ、そんな急に...」

 理「大丈夫。仲良い上司に頼むから。安心して、最初から飛ばしたりしないから。...........多分」


 最後の多分、聞こえてますよ


 由「.......お手柔らかにお願いします」

 理「....ふふ、任せて」


 にっこりと笑ってわたしの手を強く握った渡邉さん



 彼女との未来は予想がつかないことだらけで


 ドキドキしたり、不安になったり



 でもそれはきっと、纏めてしまえば幸せな未来で



 そんな未来をいつか彼女と2人で語れる日が
 来ることを切に願う




 でも、暫くは平和な日常を求めるとしよう



 ────────────────────────



 理「あ、そういえば」

 由「はい?」

 理「そろそろ下の名前で呼んでくれてもよくない?恋人なんだし」

 由「...それはハードルが高い、」

 理「はい、練習。り、さ」

 由「...........り、りさ.............さん」

 理「はっ、それもそれでいいね。なんかイケナイことしてるみたい」

 由「.......変態ですね」

 理「なに?」

 由「いえ、なんでも」



 Fin*