憧れてる人がいた。その人は先輩で、自分よりも
 何倍もしっかりしてて周りの事をよく見てる人


 頭が良くてめちゃくちゃ仕事ができるとか。
 そんな特別なものはなかったあの人だけど
 自然と惹かれた


 それは多分、あの人の努力を近くで見ていたからで。


 夏「.......小林さん.....でしたっけ?まだ帰らないんですか?」

 由「うん。もう少し残って勉強しようと思って」


 パソコンとメモを行き来する視線。
 外はもう暗くて、定時はとっくに過ぎてて
 みんな呑気に帰宅したのに、帰る気配のない彼女。
 ちらっとメモを見ればびっしり文字が連なっていて
 少し鳥肌が立った


 夏「そうなんですね。お疲れ様です」

 由「お疲れ様〜」


 そんな真面目にやらなくていいのに。
 なんて、その時は思っていた


 次の日も、その次の日も。彼女は会社に残って自習


 夏「なんでそんなに勉強してるんですか?仕事なんてやって覚えるようなものなのに、、」

 由「まぁ、そうなんだけど。わたし、人より覚えるの遅いし、自分が分からなかったせいで周りに迷惑かけちゃったらって考えたら不安になっちゃって」

 
 どこまでも真面目な人なんだと。そんな印象を持った。
 新人のわたしが言うのもあれだけど、新人のミスなんて
 たかが知れてる。だけど、責任感の強い彼女は
 周りに迷惑をかけないようにと、1人努力を続けていた


 その結果、仕事でミスして怒られてばかりのわたしに
 比べて彼女がミスをして注意されてる姿を1回も
 見たことがない


 夏「あれ、今度の会議の資料どこだ.......」

 由「ここの1番下のファイルに入ってるよ」

 夏「.......あ、ほんとだ....ありがとうございます」

 由「いえいえ」


 彼女はとても頼れる存在になっていて、
 わたしだけじゃない、他の人たちもみんな彼女を頼った


 みんなに平等に優しい努力家。そんな彼女に最初は
 憧れを抱いていたが、今となっては憧れではなく
 好きという感情を抱いてしまった


 憧れていたから好きになったのか。それはわからない
 気がついた時には彼女の事を目で追いかけていて


 何かと理由をつけては彼女のそばにいて。
 時が来るのを待っていた


 飲み会の時だってそう。他の人の誘いを断って
 彼女の隣を確保して。彼女が酔った時、最低だけど
 チャンスだと思った。このまま流れで2人で
 抜けれるんじゃないかって


 でもそんな時にあの人が来たんだ


 理「小林さん?」


 颯爽と現れて彼女を連れて行ってしまったあの人


 あの日から、妙に距離が近くなった2人に
 飲み会の後何があったかなんてすぐに察した


 会社の倉庫でイチャイチャなんかしちゃって


 正直に言うとすごく悔しかった。わたしの方がずっと
 彼女の事を見ていたのに。突然現れたあの人に
 彼女を取られたような感じがして


 だから、あの人のことで苦しんで、辛くなっている
 彼女を見ても立ってもいられなかった


 夏「小林さん....わたしじゃだめですか?」


 初めて抱きしめた彼女は思っていたよりも小さくて
 すぐにでも潰れてしまいそうなくらい脆くて


 わかってる。こんなことしても彼女を余計混乱させる
 だけだって。弱ってるところに漬け込んで最低だって
 全部わかってる


 でも、でもね


 大好きな子が苦しんでるのに何もしないなんて。
 そんなこと、不器用なわたしにはできなかった


 わたしだったら絶対こんな顔、させないのに



 ────────────────────────



 由「.......はぁ」


 あの時の夏鈴ちゃんの顔が頭から離れない


 由「あれ......告白だよね...」


 夏鈴ちゃんに告白されてから数日。返事は今度でいいと
 そう言われたけど、どうするのが正解なのかわからない


 倉庫でサンプル品の整理をしながら悶々と考える


 気持ちは嬉しい。けど彼女の事をそういう目で
 見たことないから余計に混乱する


 いっそ、好きになれたらいいんだろうけど


 由「...もぉ、わかんないよ」


 夏鈴ちゃんの姿と同時に思い浮かんでくるのは
 あの日の渡邉さん


 親しそうに話していて、キスなんかしちゃって。
 隣にいたあの美人さんはきっとみんなが噂していた
 彼女だろう。あんなの、わたし如きが勝てるわけない


 忘れた方がいいのはわかってる。でも、あんまりにも
 ショッキングな出来事だったから忘れられるわけが
 ない。忘れようとすればするほど
 鮮明に思い出してしまう


 由「...........あああもう」

 理「...ねぇ」

 由「っ、ぁっ、」


 何もかもどうしたらいいか分からずガシガシと頭を
 掻いていると、後ろから声がしてその声に振り返る


 そこに居たのは渡邉さんだった


 由「、渡邉さ」

 理「どうして避けるの?」

 由「えっ、っ」


 ゆっくり近づいてきた渡邉さんは
 わたしを逃がさないようにと棚に手をついて閉じ込める


 見下ろしているその目が、とてつもなく怖くて
 声が出せない


 理「最近の由依ちゃん変だよ。わたしの顔見たらあからさまに嫌な顔するし、どっか逃げちゃうし。.....それに、最近夏鈴ちゃんとやけに楽しそうにしてるし」

 由「そ.....それは...」

 理「...もうわたしなんていらない?わたしよりも若くて明るい夏鈴ちゃんの方がいい?」


 不安そうにしゅんと眉を下げて声を震わせる渡邉さん
 どうして貴方がそんな顔をするの


 由「.......わたし、知ってますよ」

 理「なにが?」

 由「渡邉さん、他に女の人がいるって」

 理「.......は?」

 由「...この前見かけたんです。渡邉さんと女の人がキスしてるの....」

 理「.......っ、あ、それはっ」


 わたしの言葉にバツが悪そうな顔をする渡邉さん


 もう、そういう事じゃん


 由「あの日、渡邉さん仕事休んでまで会ってたんですよね」

 理「ちが、違うの、由依ちゃん、聞いて」

 由「もう、聞きたくないです。.......すみません」


 力が抜けた渡邉さんの腕を払って倉庫から出る


 これでよかったんだ



 ────────────────────────



 倉庫を後にしたわたし。途中トイレに寄って鏡で
 酷い顔してないか確認してから部署へと戻ったのに


 ひ「わ、由依さん酷い顔、、」


 戻ってすぐにひかるにそう言われてしまった


 由「.......はぁ」

 ひ「どうしたんですか?」

 由「なんでもない」

 ひ「なんでもなくないですよね、そんな顔して」


 何かあったんですか?と頬杖をついて
 顔を覗き込んでくるひかる


 由「.......色々あってさ」

 ひ「恋人のことですか?」

 由「いないんだけど、まぁ....」

 ひ「まぁって、絶対恋人じゃないですか。え、喧嘩したんですか?」

 由「喧嘩っていうか.......あのね、もしもだけどさ」

 ひ「お〜、無意味なもしも話ですね、聞いてあげます!」

 由「もしだけど、自分の事を大好きだってずっと言ってた恋人がいるとするじゃん?その恋人がさ自分の知らない所で他の人と会ってて...しかも自分よりもめちゃくちゃ美人なね」

 ひ「なんですかそれ、すごそう」


 おぉ、と興味津々なひかるに一瞬ため息をついたが
 話し続ける


 どうしても、聞いてほしくて。
 自分では解決できないこと、彼女ならどうするかって


 由「ある日、その人と恋人が歩いてるとこを見かけちゃうの。で、落ち込んでる時に他の人に告白されちゃったら.......ひかるどうする?」

 ひ「え、由依さんわたしの知らない所でそんな壮大な恋愛してたんですか.......?」

 由「.......もしもだってば」

 ひ「ん〜、わたしだったら浮気してる人なんて即捨てます。わたし浮気が1番嫌いなのでそんな人に未練なんて生まれないですし。で、告白してくれた子には好きになるかもしれないからちょっと待ってもらうと思います」

 由「...........やっぱそうだよねぇ」


 それは至極当然な答えだった。
 普通だったらそうすると思う。普通だったら


 ひ「.......でも、その子の気持ちにもよりますよね」

 由「...と言うと?」

 ひ「恋人のこと、どうしても好きなら自分の気持ちを話すべきですし、そこには嘘ついちゃだめだと思います。だって好きなものは好きなんですもん。その感情は仕方ないですよ、後は自分がどこまで素直になれるかどうかじゃないですか?」

 由「...そう......かな」

 ひ「自分の気持ち殺して別れて、そのまま告白されたからってその人に流れ込んじゃうのは告白してくれた人に失礼ですし、」

 由「....だよねぇ」


 彼女の話に妙に納得してしまうわたし


 自分が素直になる。至って簡単そうに思えて
 実は難しかったりする。大人になればなるほど
 素直になるのは難しい


 ひ「まぁ、どうなってもわたしがちゃんとお話聞いてあげるので、がんばってください」

 由「だからもしも話だってば、......でも、ありがとう」


 ぽんぽんと背中を優しく叩く彼女に、
 良い後輩を持ったなとその時は素直に思った


 渡邉さんにも、夏鈴ちゃんにも。素直にならなきゃ