温かい。この温もりはなんだ


 由「ん.......?」


 薄ら目を覚ますと白い天井が目に入る


 ここ.......はあの人の家だ。
 うそ、わたしあの後寝たの?あんな状況で?


 由「...んぇ?」


 起き上がろうと体に力を入れるが
 何かが纏わりついていて起き上がることができない


 なんだこれ


 由「...ひぃ.....っ」


 腕のような何かに触れて、それの元を辿れば
 そこに居たのは渡邉さん。それに驚いて声が出そうに
 なったけど間一髪で口元を手で押さえたからなんとか
 声は出さずに済んだ


 わたしに抱きついてすやすやと気持ちよさそうに
 眠っている彼女


 こういう場合はどうしたらいいんだろう


 起こす?いや、上司がすやすや眠っているのを
 起こしていいものなのか。じゃあ彼女が起きるまで
 寝たフリ?それはそれで気まづいというか......


 理「.......んぅ」

 由「あっ、渡邉さ...」

 理「おはよぉ」


 どうしようか悩んでいるとパチッと目を覚ました
 渡邉さん。ふにゃふにゃした顔で挨拶してくる


 由「お、おはようございます」

 理「はぁ、目覚めて1番最初に見る顔が由依ちゃんって最高〜....」

 由「うぐっわたなべさっ、」


 へへっと笑った彼女は脚を絡めてから手を背中に
 回して包み込むようにぎゅうっと強く抱きしめてくる


 寝起きで力加減が馬鹿になっているのか、
 骨が折れそうなくらいに痛い


 理「んは、ごめんねぇ。かわいくてつい」

 由「...っ、はぁ....いえ.....」


 苦しくて彼女の腕の中で藻掻いていると
 少しだけ力を緩める


 しばらく抱きしめられ、とくんとくんと言う彼女の
 心音を聴きながら息を整えていると、突然


 理「由依ちゃんと同棲したらこんな幸せな朝、毎日過ごせるのかぁ」


 と、幸せそうな顔をしてそんな事を言う


 由「はい?」

 理「早く一緒に暮らしたい」


 出ました。渡邉さんのトンデモ発言


 由「.......ははっ」


 彼女の言葉にわたしは苦笑いしかできない



 ────────────────────────



 理「ねぇ、由依ちゃん」

 由「はい?」

 理「デート、行かない?」


 リビングに出て渡邉さんが淹れてくれたコーヒーを
 2人で飲んでいると、そう提案される


 由「デート...ですか.....」

 理「うん、外の空気吸いに行こうよ」


 だめ?ときゅるきゅるなおめめをこちらに向けてくる


 正直家にいるよりかはましだ。
 家にいたら何されるかわからない


 でも外に出て万が一職場の人に遭遇してみろ。
 次出勤した時きっとわたしは職場のみんなから
 袋叩きされてしまうに違いない


 由「えっと....」

 理「.....じゃあ今日はお家でゆっくりする?わたしもしかしたら我慢できなくなっちゃうかも.....」

 由「よし、今すぐ出かけましょう。どこでもお供します」

 理「ふふ、いいね」


 指を絡めてそんな事を言うから立ち上がって
 すぐさま準備をする


 彼女の脅し程怖いものはない



 ────────────────────────



 理「ん〜.......はぁ、外出かけるの久しぶり」

 由「そうなんですか?」

 理「わたしインドアだから、休みの日はいつも家にいるの」

 由「へ、へぇ....」


 渡邉さんと手を繋いで街を歩く


 何食わぬ顔してにこにこしながら歩いている渡邉さん
 だけどわたしは気づいている


 さっきから周りの人達の視線を掻っ攫っていることに


 そりゃそうだ。こんな高身長美人、滅多にいないもん
 目奪いまくりだよ


 〈あの人めっちゃ美人じゃない?〉

 〈ほんとだぁ......隣の人、なんか地味〉

 〈こら、聞こえたらどうすんの〉


 とケラケラ笑ってるそこの2人。聞こえてますよ


 わかってる。わたしなんかじゃ彼女に釣り合わない
 ってこと


 でもね


 理「由依ちゃんと手繋いで歩くだけで楽しい」


 これなんですよ。彼女は。ベタベタくっついて
 ぎゅーっと強く手を握って。恥ずかしげもなく
 わたしと並んで歩く


 由「あの....渡邉さん.....」

 「あれ?由依さん?」


 ちょっとだけ離れてくれませんか?そう彼女に
 伝えようとした時、聞き慣れた声がする


 その声がした瞬間爆速で彼女から離れて
 その方に目をやる


 由「っ、ひかるっ」

 ひ「え〜、偶然ですね!.......え?理佐さん?」

 理「どうも」


 ひかるはわたしの顔を見た後、
 渡邉さんの顔を見て唖然とする


 ひ「えっ!?えっ!?なんで!?どういう事ですか!?」

 由「えーっと...」


 大きな目をぱちぱちさせながらぶんぶんと、
 わたしと渡邉さんの顔を交互に見る


 由「こ、今度の営業先に持ってく手土産を探してたの!ね!渡邉さん!」

 理「えっ?あ、あぁ...そう」

 ひ「そうなんですか!?え〜、わたしも誘ってくださいよ〜」

 由「なんでそうなんの.....そういえばひかるは何してんの?」

 ひ「ん〜?これからデートです」

 由「デート?誰と?」

 ひ「恋人に決まってるじゃないですか!」


 そう言われて今度はわたしが唖然とする


 確かに服装を見ればいつもと違って
 可愛らしい格好をしている


 由「えっ!?恋人いたの!?」

 ひ「できたんです。じゃ、わたし急いでるので!理佐さん、失礼します」

 理「ん、じゃあね」


 渡邉さんに愛想良すぎる笑顔を見せて
 るんるんスキップで去っていくひかる


 由「.............」

 理「由依ちゃん?」


 わたしは上司と気まづいデートしてるのに
 あの子は恋人とラブラブデート.......


 そんなの、羨ましすぎる


 由「......いえ、なんでも。行きましょうか」

 理「うん、はい」

 由「え?」

 理「もういいでしょ?手繋ご?」


 子犬みたいな顔してオネダリしてくる渡邉さん


 なんでこの人はここまでわたしの事を好きなんだ


 わたしの何がいいの?



 ────────────────────────



 理「飲み物買ってくるね、ここでちょっと待ってて

 由「は、はい。すみません....」


 公園のベンチに座って待つように言われると
 渡邉さんは小走りで近くのコンビニに入って行った


 由「.......はぁ、疲れる」


 体力的には疲れてないけど
 気を遣いすぎて疲れる


 ベンチに座ってぼーっと空を眺めていると


 〈お姉さん1人?〉

 由「.......んえ?はい?」


 突然誰かに声をかけられて、間抜けな声が出る


 わたしに声をかけてきたのは2人組の男


 知ってる。知ってるぞこの展開


 〈1人なら俺たちとどっか行かない?ドタキャンされちゃってさ〜、ね?いいでしょ?〉


 そう言うと両脇に腰をかけて
 肩に手を回してくる2人の男


 ナンパだ。え、わたしのことナンパしてるの?


 由「え、えっと....」

 〈ね〜、行こうよ〉

 由「あの....」

 〈もしかして誰か待ってたりする?〉

 由「ま、まぁ....そんなとこ.......」

 〈え〜、そうなの。誰?女の子?男?〉

 由「お、女の子です...」


 ナンパなんて経験がないから戸惑う。
 2人からの質問攻めに肩を竦めて対応していると


 理「何してんの?」


 ペットボトルのコーヒーを両手に持った、
 鬼の形相をした渡邉さんが2人に声をかける


 〈ん?〉

 理「その子はわたしが守らないといけない子だから」

 〈ふはっ、なんだそれ〉

 理「ほら、散った散った」

 〈意味わかんねぇから行こうぜ〜、じゃあねお姉さん達〉

 由「えっ?あ、ははっ....」

 理「手振らなくていいから、」


 にこにこしてこちらに手を振ってくる2人に
 手を振り返せばすぐさま渡邉さんが
 わたしの手を掴んで阻止する


 由「あ.....すみません....」

 理「大丈夫?何もされてない?」

 由「大丈夫です。ありがとうございます」

 理「よかった、由依ちゃんにもしもの事があったらわたし...どうしようかと...」


 隣に腰掛けた渡邉さんはわたしの腰に手を回して
 引き寄せると安心したような声でそう言った


 由「....ありがとうございます」

 理「由依ちゃんのことはわたしが守るから、離れちゃだめだよ」


 手をすりすり撫でながら頭にキスを落とした渡邉さん


 あの、あそこにいる子供が口を開けて
 こっちを見てるのであんまりそういう事はしないで
 いただけると...


 なんて思うが、なんだろう。この胸がザワザワする感じ


 まさか。そんなこと。いや、絶対ない。無理無理