夏「あ、理佐さ〜ん!」

 理「夏鈴ちゃんお待たせ」


 あれから数日経って、仕事終わりの理佐さんと
 ご飯を食べるのに居酒屋へと来ていた。
 理佐さんよりも先にお店に着いて待っていると
 コートを身に纏った理佐さんが寒そうに手を
 擦り合わせながらお店に入ってくる


 理「寒いね〜今日」

 夏「理佐さん寒がりですもんね、熱燗でも頼みますか?」

 理「ん〜明日も早いしやめとこうかな」


 理佐さんはコートを壁に掛けてどさっと前に座ると
 店員を呼んで注文をする


 いつもと変わらない


 夏「そういえば理佐さん、また恋人変えました?」

 理「え?」

 夏「この前見ちゃいました」


 烏龍茶を飲んで一息ついている理佐さんに聞くと
 なんの事かわかってない様子


 夏「かわいかったですあの人」

 理「......あ〜、うん」

 夏「彼女さんじゃないんですか?」

 理「彼女...だけど多分そろそろ切っちゃうかも」

 夏「最低ですね」


 ここ最近の理佐さんはやけに無理をしてる様な気がして
 恋とか興味無いって散々言ってた人が、ある時を境に
 突然恋人を作り出して


 夏「....なんか、理佐さん無理してませんか?」


 思ってる事を正直に言った。すると理佐さんは
 "無理なんてしてないよ" とすぐに返してくる


 夏「理佐さんにはやっぱりあの人がよかったですよ、ほら、名前なんでしたっけ」

 理「..........由依?」

 夏「あ〜!そうだ!あの人、いい人だったじゃないですか」


 思い出せないフリをして理佐さんを試してみた。
 今でも小林さんの事、覚えてるのかなって。
 そしたら案の定覚えてたみたいで、考える間もなく
 小林さんの名前を出してきた


 夏「なんで別れたんですか?理佐さんと小林さん、うまくいってたのに、、」

 理「....前にも言ったけど、わたし遠距離むりなの。物理的な距離ができて、気持ちが離れないなんて保証ないし、なにより由依にはわたしよりももっといい人と出会ってほしかったから」


 そう言う理佐さんはどこか愛おしそうな目をしていて、
 今でも小林さんの事を想ってるんだと察した


 夏「....でもそれって、理佐さんのエゴですよね」

 理「え?」

 夏「理佐さんは、小林さんから振られるのが怖くて自分から言い出したんですよね?振られた小林さんの気持ち、考えたことあるんですか?」


 口から出た言葉。ハッと気がついた時にはもう遅くて。
 理佐さんがものすごい剣幕でこちらを見ていた


 こうなったら、もう気を遣う必要はない


 夏「小林さん、今こっちにいるみたいですよ」

 理「......え?」

 夏「仕事、転勤になってつい最近こっちに引っ越してきたらしいです。この前会った時に聞きました」


 そこまで話して携帯を取り出し、理佐さんに一通
 メッセージを送る


 理「これ......」

 夏「小林さんが働いてる会社の住所です。いつも18時に上がってるみたいなので会いに行ってみたらいいんじゃないですか?」

 理「夏鈴ちゃん....」

 夏「まぁ、その後どうするかはわたし知らないですけど」


 水を飲み干して立ち上がり "じゃあ、また" と言って
 理佐さんが何かを言う前に会計をしてお店を出る


 なんでこんな事をしたのかわからない
 小林さんには幸せになってほしい


 好きな人のあんなに悲しそうな顔、
 もう二度と見たくないから ────



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 ひ「由依さ〜ん、大丈夫ですか〜?」

 由「...........」

 ひ「おーい、由依さん〜」

 由「......ん?あっ、ごめん。なんかあった?」

 ひ「いや、ずっとぼーっとしてたので、、もう終業時間ですよ」

 由「あ......ごめん。じゃあお先に」

 ひ「お疲れ様です」


 あの日からどれくらい経ったんだろう
 あの記憶を抱えながらなんの代わり映えもない
 日々を送っていた


 忘れたくても脳内にこびり付いたあの出来事


 由「......はぁ」


 もう別れてから数年経つし、恋人の1人や2人、
 いるんだろうなとは思っていた。だけどいざ目の前に
 してみると心に来るものがある


 まるで鈍器で頭を殴られたような、そんな衝撃


 由「.....かわいくて綺麗な人だったなぁ、、」


 ふと思い出す。あの日理佐の隣にいた女性の顔。
 とても幸せそうで、綺麗だった


 いつまでも過去の恋愛に未練タラタラでみっともない
 わたしよりも、何億倍もかわいくて、美しくて。
 そんな彼女が隣にいて、きっと理佐は幸せなのだろう


 由「もう考えるのやめよ」


 会社を出る前にぱんっと頬を叩いて気を取り直す。
 いつまでも引きずるのはやめよう。
 わたしも前に進まなきゃ


 そう決心し、一歩、歩を進めた



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 由「...........えっ......」


 季節はすっかり冬になって、外に出るとひゅうっと
 冷たい風が髪をすり抜ける。マフラーに顔を埋めて
 歩き出そうとした時、ひとつの影が目に入る


 そっと顔を上げれば、そこに居たのはあの人だった


 理「......あ」


 鼻先を赤くして、こちらに歩み寄って来る


 由「り、理佐......」

 理「...........久しぶり」


 わたしの前まで来た理佐はぱっと手を挙げてそう言う


 なんでここに?何をしに来たの?


 もしかしてわたしに会いに......?


 いや、それはないか。そもそもわたしがここに
 いるってこと、理佐は知ってるはずないし


 由「.....ひ、久しぶりだね、、」


 なんて冷静を装うけど脳内はパニック状態


 理「....この後、時間ある?」

 由「え?」

 理「ちょっとお茶でも......」

 由「っ、あー、えっと....」


 一緒にいたい。また会えて嬉しい。そう言いたいけど
 口に出せない。きっとわたしはまた理佐の事を
 忘れられなくなってしまう。理佐はもう
 他の人のものなのに


 そうしてあたふたしていれば


 理「...だめ?」


 と手を握られる。冷たい。


 由「......いい。うん、大丈夫」

 理「ほんと?よかった、行こ」


 そう言って、わたしの手を引っ張って歩き出す理佐


 彼女は一体、今何を思っているのだろうか



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 会社の近くに最近出来た小洒落たカフェ。
 社内で噂になってたからいつか来ようと思ってたけど
 まさか今日来ることになるなんて


 由「......」

 理「......」


 しかも理佐と。こんな事、誰が想像できたことか


 ホットコーヒーを飲みながらチラチラと理佐の様子を
 伺う。綺麗に通ってる鼻筋、伏せた目に長い睫毛。
 本当に綺麗な顔してる


 理「......なにかついてる?」

 由「えっ?いやっ、ごめん....なんか久しぶりだなって思って、、」


 貴方の顔が綺麗で見惚れてました。なんて言えない。


 理「ん、そうだね。久しぶりだね」

 由「げ、元気にしてた?」

 理「うん。由依は?」

 由「わたしはもう、うん。元気。めちゃくちゃ」


 自分でも、自分が今挙動不審なのがわかる。
 落ち着けわたし。


 由「......っ、あっつ、!」

 理「ちょっ、大丈夫!?」

 由「う、うん。大丈夫!全然....ははは」


 落ち着かせようとコーヒーを口に含めば
 思ったよりも熱くて、少し零してしまった。
 慌ててティッシュを取り出して拭き取る


 もう駄目だ。不安と緊張でどうにかなってしまいそう。


 理「てか由依、コーヒー飲めるようになったの?」

 由「ん?」

 理「ほら、昔はコーヒーなんて飲み物、人間が飲むもんじゃない!って言ってたじゃん」

 由「あー...あれは苦かったから。さすがにもう飲めるよ」

 理「そうなんだ、大人になったね」


 ふにゃりと笑う理佐に胸が高鳴る


 わたしに気なんかないくせに、そんな顔見せないでよ


 由「......理佐だって、なんか大人になったね」

 理「そう?」

 由「うん。昔はほんとに手に負えなかったもん」

 理「またそんなこと言って、、」

 由「だってほんとのことだもん」


 と言ってまたカップに口をつければ
 "ふふ、なんか安心した" と理佐が言ってくる


 由「なにが?」

 理「ん〜なんか、見た目は大人になっても、中身はそのまんまなんだな〜って安心した」

 由「なにそれ」

 理「もうわたしの事なんて忘れてると思ってたから、覚えてくれててうれしい」

 由「.....それは、」


 頬杖をついて目尻を下げてこちらを見てくる理佐


 そんな理佐に、"忘れられるわけない" なんて
 言えなかった。だって理佐は、今はもう他の人の恋人で
 きっと、わたしなんてもう眼中に無いと思ってたから


 由「.....理佐、あそこで何してたの?」


 話題を変えたくて、ずっと疑問に思ってたことを
 ぶつけてみた


 理「由依に会えるかなって思って」

 由「......え?」


 すると、思ってもみない答えが返ってきて目が丸くなる


 由「わたしに...?」

 理「うん。ずっと由依に会いたくて、欲張っちゃった」


 へへっと笑う理佐にわたしは戸惑う。理佐は一体
 どういうつもりでそんなことを言ったのか、わからない


 由「なんで....」

 理「夏鈴ちゃん、会ったでしょ?」

 由「夏鈴ちゃん....?」

 理「うん。夏鈴ちゃんに教えてもらったの、それで会いたくなって......ごめん、急に」


 照れくさそうに指で頬をかいて。まるで初恋の人に
 会ったかの様な。そんな様子の理佐にただただ疑問が
 生まれるばかり


 なんでわたしに会いたかったの?
 貴方は今、わたしの事どう思ってるの?


 聞きたい事が山ほどあるのに、うまく言葉にできない。
 否定されてしまうのが怖くて


 由「そう...なんだ....」

 理「......あの、さ...もしよかったら連絡先交換しない、?」

 由「...え?」

 理「ほら、こうして会えたんだし。なんか.....もっと話したいことあるから」


 だめかな?なんて。潤んだ瞳を向けられれば
 断れるはずもなく。わたしはまた理佐と繋がりを
 持ってしまった


 忘れようとしてたのに。神様は残酷だ



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 由「......送ってくれてありがとう」

 理「いいえ〜、それじゃ、また」


 そう言って手を振れば少し遠慮気味に微笑んで
 手を振り返してくれる由依


 まさかまた会えるなんて思ってなかった。
 心のどこかで、夏鈴ちゃんが言ってた事は
 嘘なんじゃないかって。でも実際に行ってみれば
 本当に由依に会えた


 自分でもなんで会いに行ったのかわからない
 ただ夏鈴ちゃんに由依がここにいるって言われた時
 会いに行かなきゃって、漠然とそう思った


 会って話をして、連絡先まで交換して
 わたしにとっては幸せな事だった


 だけど、由依はどうなんだろう。わたしと会って
 何を思ったのか。由依の心の中を知るには
 まだ時間が必要だった


 とか


 理「......はぁ、ずるいな。わたし」


 自分から振ったくせに未練タラタラで、今日まで
 引きずって。このタイミングで再会した由依を
 繋ぎ止めておきたくて


 なんて身勝手で、欲張りで、ずるい女だ



 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



 あの日、理佐と再会してからよく連絡を取るように
 なった。たまに仕事終わりにご飯に行ったりなんかして
 こんな未来、想像してなかった


 理「今日どこ行きたい?」

 由「ん〜、いつも居酒屋ばっかりだしたまにはレストランとかどう?」

 理「お、いいじゃん。この近くに美味しいフレンチのお店にあるからそこ行く?」

 由「いいね。行こ」


 そんな会話をしてお店に入ってまた他愛のない話をする


 仕事の話だったり、最近の私生活の話だったり


 ただ2人とも、なるべく過去には
 触れないようにしていた。まるで暗黙の了解のように
 そこだけは避けて話をした


 理佐に恋人がいるってことも、わたしは何も
 聞かないでいた。だってその方が幸せだし。


 なんて、自分ばっかり守ってて周りの事を全く
 気にしてなかったからバチが当たったのかもしれない


 「......あなたなに?」

 由「あっ....えっと.....」


 明日も仕事終わりにご飯に行こうって理佐から
 誘われて、事前にお店を決めたくて理佐に電話をした


 すると、電話に出たのは理佐ではない女の人。
 恐らくこの前理佐の隣にいたあの "保乃" という
 名前の女性だろう


 保「最近よく理佐に電話掛けてきますよね?どういうつもりですか?」

 由「いや、その...すみません......」

 保「理佐の元カノさんやんな?いい度胸してますよね、振られた人に付きまとうなんて」

 由「付きまとうなんてそんなつもりは......」

 保「理佐は、今はわたしに夢中みたい。わたし以外の人には全く興味無いって。それにわたし達真剣にお付き合いしてるから、あなたみたいなフラフラした気持ちで理佐と付き合ってへんの、わかる?」

 由「すみません....」

 保「あと、理佐、相当迷惑してんで」


 怒涛の批判の後、ついにそう言われてしまって
 頭の中が真っ白になった


 理佐、迷惑してたんだ


 保「理佐は優しいから、付き合ってあげてるみたいやけど、もう理佐に関わらんといてくれへん?理佐には保乃がおるから、お願いやから邪魔せんといて」


 それじゃ。と素っ気なく言われこちらの返事も
 待たずに電話を切られてしまった


 由「......迷惑、か、、」


 確かにそうかもしれない。理佐にはちゃんと
 想ってる人がいて、わたしなんてもう過去の人なのに


 わたし、何を期待していたんだろう。
 理佐に再会して、理佐とまた接点を持って。
 もしかしたらやり直せるんじゃないかって、いつしか
 そんな事を考え始めていた


 由「なにやってるんだろう、わたし......」


 わたしと理佐がやり直す可能性なんて1ミリもないのに
 変に勘違いして、出しゃばって。本当、馬鹿みたい


 由「.........ごめん、理佐」


 暗い部屋で1人呟いて、理佐の連絡先を消した


 これでもう二度と、理佐とは会えなくなる


 でもそれでいいんだ。理佐が幸せになるなら


 わたしは ────