日常私の独り言

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京都リトリートの前日まで、体調不良で1週間お仕事をお休みする事態でした。

 

しかし、京都滞在中は酷暑の中、何とか体調は良く過ごしていましたが・・・。
東京に戻り、たちまちダウン。。
体の弱さは精神力の弱さでもあります。

 

ですので、今日は不動尊のお護摩修行に行ってきました。

 

私はいつも自分の心を深く内省する時は、必ず不動尊のお護摩修行に行きます。
お護摩中、いつも私への至らぬ部分のメッセージが降りてくるのです。

 

今日はこのようなメッセージと、何とある映像が見え、
その瞬間暖かな気持ちと涙でした・・・。

 

このようなメッセージでした

 

しなやかになりなさい。かたいと柔軟性が持てず心も折れてしまうのです。木の枝が枯れて生命力が無くなると、すぐにポキッと折れてしまいます。しかし、生命力のある枝は、折ろうとしてもポキッとは折れず、しなります。耐えることが出来るのです

 

その様な声が降りて来たあと、前世の映像が見えてきたのです。お護摩では前世を見るのは初めて。

 

古代の何かの民族で、私は男の子です。
美しい優しい母とたくましい父がいます。
男の子は父の前に座り、優しい笑顔で父は男の子に
弦を張った小さな楽器?のようなものを男の子に見せながらこのように言ってました。

 

「弦は張りつめているとすぐに切れるものだ。しなやかに木と調和して美しい音と耐久性が出る。

人も同じだ。調和する為には耐久性が必要だ。

その耐久性とは頑張りに耐える力では無くしなやかに周りと調和し、

様々な物事を柔軟に受け止める力が必要だ。お前には出来るぞ」

 

このように父は息子に諭しています。
そして母は本当に美しい女性で、美しい声で歌を奏でるのです。

父はその横で、楽器を弾きます。
優しい両親・・・

 

「一人じゃ無いからね・・・、私たちがいつも傍にいることを忘れないで、いつの時代も・・・」

 

それが最後の言葉で、お護摩の経の我に戻りました。

 

前世の父と母からのメッセージだったのでしょう。
時代を超えても見守ってくれている・・・。

優しい気持ちになりました。

 

 

その後、不思議な事が。

お護摩が終わり、不動尊の門を出た瞬間、
前方から歩いてきたお年寄りの男性が急に転んで転がって、

仰向けにひっくりかえりました。

 

私はすぐに、大丈夫ですか?とその方を抱きかかえて
起そうと思ったのですが、力が抜けている男性の体はとても重く、

なかなか起こすことが出来ません。


しばらく頑張って起こそうとしていたら、通りかかった3人の方が手伝ってくれて、

男性は起き上がることが出来ました。

 

有難うございます、とお言葉をいただき、

私もその場を立ち去ろうとした瞬間、頭の中で男性のような声がはっきりと話しかけてきました。

 

「困った人が目の前にいる時は、すぐに手を差し伸べることを躊躇なく行える行動が大切です。

これからは本当に困っている人を見極める心の目を持ちなさい」と。

 

本当に困っている人を見極める心の目?とは?
これは今日の私の課題、考えてみます