最近よくテレビなどで、責任の所在がはっきりしないという出来事が多く出てい
ますよね。
2020年の東京オリンピックの新国立競技場の問題や同じくエンブレム問題な
ど、いったい誰の責任なんだ?っていう出来事が最近よく見られます。
会社などでも講演会やイベントなどの企画を出す際には、企画書などを作成し
ます。その企画書は課長や所長などの上司の印鑑、支店や本社に送られ、企
画課や推進課、さらにはその支店長など、様々な人達の印鑑が押され戻ってく
る。
多くの人の目に触れ、この企画なら大丈夫じゃない?行けるんじゃない?とい
ういわゆる「お墨付き」をもらって企画を実行に移すわけなので、責任の所在っ
ていうのは実は曖昧なもの。
組織って案外そういう個人の責任を分散させるようになっているものかもしれ
ない。ただ、それでは失敗した時に組織の改善には繋がらない。そういう意味
で一つ言えるのは結局は実行に移した一社員ではなく、上司に責任があると
思います。なぜなら上司は責任をとるためにいるから。
そしてそれは責任をとるのはその組織内でしっかり行われることが重要。
ただ、最近気になるのは国民の感情、つまり感情論で責任者でてこいや、って
なっている所。誰かを吊し上げて、責任を取らせて、それで終わり。マスコミも
そういう取り上げ方ばかりしています。確かに税金が投入されている以上、
我々国民に説明する義務はあると思います。ただ一時の感情論で責任者を責
めて、感情的にうっぷんを晴らして終わりっていうのは、昔からの日本人の悪
いところ。
そしてまた忘れる。
責任を感情論で考え、騒ぎ立てるとてしまうと、組織としては誰かを犯人に仕立
て上げ、その人のせいです、と幕引きを図ろうとします。
中々難しい問題ですが、私たちは冷静に物事をとらえることが重要ですね。
