連日の夜スタイルは、良いような悪いような。

朝遅めは良い意味でも悪い意味でも変に長続きした際に習慣が固定化される。

来週が少し大変。
まずは朝の時間を維持しなければ。


どういう風に調節しようか迷うところがあるが、金銭面を気にしすぎると恐らく何もしなくなってしまう。
毎度毎度少し発生するが、それでも一度に大量に手配するよりも楽だ。

問題は、いつからスタートするか、だが…
期間はまだある。春までまだまだある。

もう少し考えるべ。


改めて、最近、音楽から離れて、思うところがある。

これは仕事でも何でも同じことが言えてしまうのかもしれないが、何かを変えたい、大きく変えたいと言うのであれば、骨子どころか、骨髄液のレベルから変えない限り、新鮮味もへったくれもなくなる。

構成を360°変えたり、演奏スタイルを変えたり。
毎度毎度流行りを引っ張ってきてそれに乗っかり、「うちのスタイルだから」を繰り返していたら、ただの「自己中軍団」のレッテルをででんと貼らされ、そこから先の発展は見込めない。

何かをしたいとほざく前に何かしろよ。


留まりたいのなら留まれ。時代のうねりに飲まれるがいい。
新たな道を拓きたいのなら、常識をぶっ壊せ。

やる人間が必死になってヒーヒーするのは音楽ではない。「音が苦」だ。

エンターテイメントの言葉の意味を辞書で調べて5億回復唱すれば、何が足りないか朧気に見えてくるヤツもいるだろう。

お前が楽しいかどうかなんて微塵も聞いてない。

お前「ら」が楽しいかどうか聞いている。


そして、それは、何が?どこが?答えられるのだろうか。

そんな余裕がないのを楽しいと言えるのだろうか。


ストイックな集団を目指すのなら、そもそもエンターテイメントなんてクリアできて当然の集団である。
しかしながら、それすら出来ていない時点で、タイトになれるわけがない。

そもそも、タイトにならずとも、効率を重視して突き詰めれば、如何様にでも事は運ぶ。


そんなことにも気付かないなんて、笑える。


予測不可能なエンターテイメントにこそ、驚きや喜び、感動がある。度胆を抜ける。

それを如何に考えるか、如何に効率よく形にするか。
指導者の腕の見せ所はそこから。


そのままでいたいならそうすればいい。
いつまで保つか知らんけど。
月曜日から結構調子が悪め。

効率の悪さもさることながら、思考のスピードが落ちるタイミングを感じる。
それくらい面倒なものばかり抱えてたこともあるが、週初めからこれだと先が思いやられる。

どうにか明日はもう少し効率よく片づけられるといいのだが…

人生の残り、仕事と死ぬことしか残されていないのだから、せめて失敗そのものでできた人生で、少しばかりは仕事で楽しい思いをさせてくれ。

長く生きるつもりはないから、せめて少しくらいは楽しませておくれ。

もう5年くらい同じ生活が続いたら、何かしら手を打つ。方向としては、終わらせる方向で。

つまらん人生に飽きた。


何かすれば失敗続き。
失敗することが分かるから何もしなければ、「そういう気持ちがあるから失敗するんだ」という意味不明な戯言。

ということは、失敗し続けて、精神を病み、首を吊って死ぬことが美徳なのだろうか。
諦めることは犯罪なのか。負け戦で死にに行くことが勇気なのか。匹夫の勇という言葉は幻なのか。

挑戦を称え、英断を蔑むのか。

つくづくこの世の中は見下げ果てたものだ。


考えようが考えていまいが、決まったことに抗えば必ず損をするように出来ている。

自分の意志関係なく、だ。


何が悪いんじゃない。
そういう人生なんだ。

何が悪いんじゃない。
全てが悪いんだ。


この流れを変える奴、かかってこい。
やってみろ。


絶対にここから動けないぞ。
絶対にここから動かないぞ。

先週はとても忙しいような,そんな1週間だった。

 

イレギュラーなイベントもちょこちょこ,それに伴ったかのように,あまり迎えたくないイベントも然り。

 

1年しか使ってないのになぁ~

しょうがない。月1で整えます。

色々考えた挙げ句,転がり抵抗よりもウェット性能重視で。

 

あまりにも興奮し過ぎた時間を過ごしてしまった。

まさか,自分がここまで英語が話せたとは思ってなかった。

このCheaper Englishがどこまで通用するのか…

 

人と対話する機会が圧倒的に欠如していたから,ReadingとWritingなら何とかなるが,Listening and Talkingが自信が無い。

今後増えて行くであろうOpportunityに期待する。

自分のための何かなら,頑張れる。

 

人のためなら,頑張れないな…今まで散々裏切られてるし。

 

 

それに,「今まで散々○○してあげたじゃないの」を盾に,あれこれと求めてくるのは,それは厚意でも何でもなく,ただの要求,または請求である。

 

見返りを求めることは悪いことじゃないが,見返りを直に要求することはどうなのか。

それも,仕事でも依頼でもないのに。人の厚意というものは,見返りがあって初めて成立するものなのだろうか。

 

今までこうだったから,こうするのが当然だ,というのは,あくまでも主観的な持論であり,そこに義務や常識を持ち込むのはナンセンス。そこまで執着するのなら,金品に囲まれればいい。亡者になりたいのなら,亡者になればいい。

 

そこの代わり,同じ執着する人間のことを一切口にして批判してはならない。

当然だ。人殺しが「人殺しは犯罪だ。悪いことだ」と言うだろうか。

詐欺師が「○○は詐欺師だ。犯罪者だ!」と言うだろうか。

 

同じ穴の狢。

 

ごもっともな言葉と共に,自分の品格をどんどん地の底まで落とすような言動は極力慎むべきであると意見具申する。

 

落ちたいのなら別だが,自覚が無いのなら,そのままでいればいい。

 

 

最終的に自責の念に苛まれても,知ったことでは無い。

 

 

差し伸べた手を払う者,

 死あるのみ。