2017年も1週間が過ぎた。

 

今までとは少し違うスタートのような気がする。

良い意味なのか悪い意味なのか。

 

朝から晩までひきこもりなのはずっと継続しているが,心境はどんどん悪くなっているように感じる。

 

仕事と死ぬこと以外この先やることは一切ない。

 

この先を諦める様々な理由があるが,一言で言うと,「適格者じゃない」

 

家と会社の往復だけを今後もずっと継続するのは飽きる。

しかしながら,何をするにも抵抗感が強すぎる。

コンプレックスとトラウマの塊で許されるのは,顔と金のある人間のみである。

 

これまでも,これからも,できないものはできない。

 

自分が欠陥品そのものだから,どうしようもない。

誰にとっても妥協案にすらならない。死ぬ以外の罰ゲームと同等である。

 

このまま自分のせいにして責めるべきなのだが,これ以上自分にデストルドーを向けると確実に数分以内にエンディングを迎えてしまうので,自責を向けることができない。

 

何も感じない,感情が欠落したのは,無味乾燥な毎日だけが原因ではない。

散々裏切られ,散々な扱いと現実に絶望を感じた結果,もういっぱいいっぱい。

 

 

 

人の幸せを憎み,怨まないと,生きていけない。

2016年もあとちょっと。

 

今年はとても動くことの多く,騙されることも多く,非常に壊れまくった1年だった。

 

 

結果,ようやく落ち着いた。そこだけは唯一救いがある。

 

そして,あの電通事件を受けて,世の中にある

・サービス残業

・ブラック企業

・36協定

こういったものにメスを入れる機会が生まれ,機運が高まっている。

 

どんなに縁とゆかりがあろうと,犯罪は犯罪。人命軽視は人命軽視。

早く逮捕され,死刑になることを強く望んでいる。

 

 

今年も全部を総合すると,損な1年だった。

来年こそはと思うが,毎年毎年同じことばかり。

 

生きてればいいことあるというが,そんなこともない。

 

生きてて,いいことあるのだろうか。

死んだ方がマシなのではないか。

 

むしろ,死んだ方が世のためになるのではないのか。

 

 

 

そんなことを思いつつ,過ぎ行く2016年に別れを告げ,来るべき2017年に祈る。

 

2017年こそは,

史上最高の不幸に埋もれ,

自己の存在に強く訶まれ,

苦難に打ち負け,

悔恨と呪怨を身に纏いながら,

ひっそりと独りでこの世を去れますように・・・

今日はChristmas Day.

全くHolidayを感じることもなく,ただ毎年決めた自分のルールや慣習に従い揃えてその日が過ぎるのを待つ状態。

この数日は外に出ず,カゴの中の鳥か,あるいは囚人のように,変わらぬ隣の家のトタン屋根を見つめて一日が終わっている。

 

この暮らしももってあと数年。

あまり長く生きる気は無いので,正直,生き急いでいる。

 

 

この世の中に早く見切りを付けたい。

 

今まで自分を軽く扱いあしらってきたクソ共が闊歩する,

こんなクソッタレな世界におもいっきりツバを吐いておさらばしたい。

 

 

歩いても車でも中々来られないような,少し辺境の地にいることは,幸か不幸か,誰も寄りつかないので,ある意味都合がいい。誰も来ないから,自分が行く…こともない。

朝から晩まで,言葉を発せず,独りでいることはもう何年も繰り返している日常。

たまにイレギュラーな事態も発生するが,それも月一あるいはもっとインターバルが開く。

 

人間扱うより,モノを扱っている方が楽しい。

自分に必ず利益が返ってくるし,裏切らない。

人間なんかより,ずっといい。

 

 

人間の表に出さずとも見えてくる汚い思考は見てて反吐が出る。

その身の程知らずな凡愚加減に,呆れとため息が止まらない。

息の根を止めてやりたいほどに。

 

 

人には,こだわりや執着する何かがあって然るべきだが,

それでも,その様をみて見苦しいと思われるようなものは留意するべきだ。

カネに執着するやつ,女に執着するやつ…

 

見てて気持ちの良い物では無い。

 

言葉遣い,態度,話し方…みっともない言質は,いずれ自分を足下から大きく掬うことになる。

どんだけ汚い言葉を使おうが,それに対するしっぺ返しがあってもダメージがないのなら,そうすればいい。

あるのなら,今すぐ止めるべき。

 

といっても,既に取り返しの付かない人も知っているわけだが・・・