今日からようやく独り暮らしが再開した。苦節1ヶ月。

 

この2ヶ月のリカバリーにどれくらいかかるのか。まずは自分のリカバリーに全力を注がないと,他に目を向けることができない。

この先は自分のために生きる。誰かのためにとか努力は美しいとかへんちくりんなことをほざいているブラック企業を思いっきり鼻で笑ってやる。

 

今日はさすがに家としての機能が全くないので,別の場所に宿泊。明日からは本格的に住み始める。1週間の間に色々届くので,この猶予期間中に家を整える。今度こそ自分の家だ。ここから独りで築いてやる。

 

誰のためでもなく自分のために,自分で,築いてやる。

 

 

独り,というポイントにタイトルの内容が隠れている。

 

今日ある人とチャットをしたときに思いついたこと。

非モテの恋愛はフロムソフトウェア製の魔界村とスペランカーの合作システムで成り立ってるから、体力ゲージが一段降りただけで減るのに,トラップの隙間が針の穴ほどしかなく,ボスがチート級に強いマゾ向けの無理ゲーだと。

 

ただでさえ体力ゲージが短いというか,一回失敗しただけで死が待っているのに,死ぬことを望んでいるようなステージギミックの数々,更にはボスのチート級の強さ。当たって砕けろ,トライアンドエラーで成長するというが,実のところ接点を持つところからこれである。さすがに身がもたない。いわゆるスタートラインに立つことですらトライアンドエラーの数が尋常じゃないのである。

 

 

それに対して,やる気を感じるか?真性のマゾじゃない限り,萎えるだろう。

 

そのくせ,オシャレなんて要らないとか,優しい人がいいとか,家庭的がいいとか,矛盾が激しい。理解に苦しむ。

 

ことここに置いて,いつものセリフ。全く最近の若いもんは…

 

 

押してもダメ引いてもダメならどうしたいいのだろうか。横にスライドしたらいいのだろうか。

 

おじいはもう手を尽くしてしまったから,あとは他人の門出を見届けてから,自分が人生の門出をするより他の道は残されていない。

自分が選んだわけでもないのに,こういう選択以外残っていなかったのも,なんだかおかしい話だが,揺るがすことのできない選択なので,受け入れる他ないだろう。

 

と,考えるのもまたおかしな話なんだが,無限ループなのでやめておく。

 

 

この無理ゲーは,何がおかしいのか説明できないくらいあらゆるところがおかしい。

 

 

参加しないのが賢明である。

さて,今日は秋田で過ごす最後の日。

 

明日はもうここを離れ,待ち焦がれた一人暮らしが再開する。

ブラック企業にぶち壊され,せっかく築いた3年間の歴史を壊され,分類したものもぐしゃぐしゃにかき回され,ここからのリカバリーが一苦労だが,やってやれないことはない。勝手にいじくり回されたものはこれから取り戻していかないと。

 

これまではこれまで。築いていくのはこれから。

 

この1ヶ月は本当に地獄だった。待たされるし,焦れったいし,どんどん悪い方に頭が行ってしまう。

 

どうにか事態が好転し,ここに至るまで,あっという間だった。その期間およそ10日。人生が大きく揺らいだ10日間。総期間数で言えば2ヶ月。長かった。この2ヶ月で負った傷は計り知れないが,それでもまだ生きている。生きてれば何とかなる。

 

便利なテクノロジーに溺れている最近の若者よ,3日間,電気・ガス・水道なく生きてみろ。津波に流されるかもしれない恐怖の中に立ってみろ。ギリギリの状況に追い込まれてみろ。なった者にしか分からない辛さ,普通という環境のありがたみを感じろ。生きていることは普通だが,普通ではない。この言葉の意味を,じっくり考えてみろ。

 

 

明日から,大きく動き出す。ようやく漕ぎ出していける。

楽しみでしかない。

 

ここから,カローラ。

 

 

あっ,トヨタになってしまった…

 

 

 

 

という日でも,思うことは続くもんで。

相手に先入観を持つことは多いと思う。楽しい人,静かな人,活発な人,根暗な人…そのイメージは,果たして,その人全体をしっかり描写できた結果だろうか。

 

友人として接するときと,社会人として動いているとき,その印象は同じ描写で良いのであろうか。

もちろん,ビジネスとカジュアルは分けて考えて然るべきではあろうが,それでも,片一方しか知らない人が,片一方も先入観で,「どうせいつものお前だろう」と食ってかかるのは,いささか軽率ではなかろうか。

 

その杓子定規は,ずっと持ち続けていればいずれ他人から見放される結果にも繋がりかねない。

 

分かりやすく言えば,親が子に,「あんたは○○なんだから」といつまで昔のことを引きずってものを話しているんだ,といった具合。

これも度が過ぎると,お節介以上に,何か別の時代の人にものを話しているような感覚に陥ってしまう。少年時代の自分に話しかけているのかな?と。

 

 

そんな人から言われたところで,だから何だよ!今の自分を知らないくせに。と不愉快になり,聞く耳を持たなくなってしまう。

さすがに仕事をしている様子やその逆を垣間見ることは難しいが,親しき中にも礼儀あり。あれしなさい,これしなさい,といつまでも自分が上に立ったような物言いや,先入観が先頭に立った物言いは控えるべきではないかと思う。

 

親子でも友人でも,自分が同じことを言われてはいそうですねと素直に聞けるような内容ではないのなら,即刻止めるべき。

 

嫌われたいのなら,話は別だが。

 

 

他にも様々思うことはあったのだが,ここまでにしておこう。

身の回りには,たくさんの反面教師が存在する。

 

必ずしも,人生の師と仰げる人に出会えることはなく,その存在は極めて稀有である。

 

人生具合によっては逆も然るべきだが,私にとっては反面教師が星の数ほどいる。

それが今のおかしい年齢具合を構成している原因でもあるのだが…

 

 

兎にも角にも,目の前の人間は,いつでもどこでも同じようなスタイルを絶対に貫いている保証はどこにもない。先入観や思い込みで相手の価値を100%決定しないように。思い込みは無作法ですぜ。

今日はかなり事態が動いた日。良くも悪くも。

 

今後,特にこの10〜11月末までの生活をどうしたものかすごく悩ましいものの,先ずは自分の次のステップがしっかり出来上がったことに感謝。明後日にはもう自分は宮城県民。ようやく動き出せる。自分の家で新たな何かが始まる。

 

独立独歩するためには人の力を借りてでも動くことが肝要。それにつけてもおやつはカール,ではなく,この2ヶ月を乗り切れば,未来が見える。

 

セラーサポートアソシエイツから,その先,夢は海外転勤,なんつって。

ITの四皇の一角に身を投じるから,この機会は逃さないようにせねば。

 

 

 

今日のタイトルは,感情のジェットコースターに続き,よく話しているマイ語録の中から。ベスト3には入る。

 

今の若い人は,誠実さや真面目さより,チャラくて,女遊びに慣れていて,浮気性な男性が良いそうな。あくまで先入観と実体験を巧妙に織り交ぜた結果だが。

平たく言えば,スポーツができるとか,顔がイケメンとか,そういう単純なことでホイホイついて行く,中高生と思考回路が何ら変わらない。一切成長してないんだな〜と嘆かわしく思う爺やであった。

 

この最近の若者ならぬ「バカ者」はなぜこのような思考になるのか。優しい人が好きとかいう嘘偽りで塗り固められた方便もよくもまぁ振り回す悪党だこと!という怒りに震えた手で導き出した結論は,「刺激が欲しいから」だそうな。

これを見て即座に発したのが,「刺激が欲しいならシゲキックス食ってろ」である。

 

人は一人では生きていない。ましてや色恋の浮いた話になると,自分一人では無い。

刺激が欲しいから人を一時しのぎのホッカイロにしても許されるのか?合った人を探すとかのたまって人を試乗車のようにホイホイ取っ替え引っ替えしても許されるのか?自分がそうされたらどうなんだ?

 

いつの時代だろうか,「私のことは,遊びだったのね!」というセリフ。

今度は女が,男を振り回すのか?そうしたら満足なのか?

 

どっちもどっちだろう,バッカモ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン!!!!!!

あっ,このけしからんは波平の声で再生どうぞ。

 

 

 

それで毎回毎回誰かに愚痴垂れるわけですか?

泣き崩れて悲劇のヒロイン気取りですか?

いい加減に目を覚ましなさいよバカもん!

 

誰にも相手にしてもらえなくなってから,誰にも相手にされない妥協品で手を打つのか,今のうちから堅実にシフトするのか,それぞれの生き方ですからご自由にどうぞ。

己の欲求にかまけて他人の人生に水を差すような真似だけはお止めなさい。

悩むのも困るのも泣くのもあなただけにしなさい。他の人に振りまくでない。

 

 

私は何度もそういう話を見て聞いているもんだから,もう何度も頭を抱えて柱に打ち付けたことか。

こういうのが今の世の中に席巻していると思うと,そりゃあ私もそこになんて気持ち,失せますよねぇ?だって,そういう凡愚と同列になるんだもの。耐えられんわ。

 

 

自分から手を出すこともなければ,この生来の世話好きな親体質から,相手には対象として認定されることがないため,自分めがけて誰も来ることもなく,自由気ままに言いたい放題言える。何と幸せなことか。

自分がその渦中に入ってしまうと,どうしても誰かに後ろ指を指されてしまう。

頼むから,死ぬまでのこの先の余生,何も起こらんでくれ。好き放題に批判できる今の方が気楽だし幸せじゃ。

 

お爺はもう疲れた。この先は独りで細々と老い先短い余生を過ごさせておくれ。

精神年齢は62歳程度になるらしい。確かにお爺だった。

 

冠婚を見る前に,もう既に葬祭の方が数が多い。

もうそういう歳になったんだなぁと実感。人生からの門出を見送る歳になってしまいました。

ご祝儀や3つの袋なんて言葉,もはや幻の世界だが,香典や御愁傷様という言葉なら,この先何度も見るし,使うことになるだろう。

 

「祝」<「忌」で分かれば大したものだ。

 

 

実体験と共に老化の一途を辿り,ここまで行き着いた。

先入観やネットの言葉だけではなく,自分の体験が詰まっている。

説得力を込めた,人生からの隠居宣言。

 

 

子孫を残せない体だし,先述の通り,他人が絡むのなら,他人の人生を邪魔してはいけない。好かれないのなら,それで良いではないか。自分の存在が,他人の無駄であってはならないのだ。

 

お爺は独りでひっそりとこのを去るのが常道。

この血脈は長く生きてはいけないのだ。