小林鷹之 オフィシャルブログ Powered by Ameba -40ページ目

哀愁(スタッフ)

小林鷹之ブログを御覧の皆様、こんばんは。
事務所スタッフのSです。


日の入がだんだんと遅くなり、19時を過ぎてもまだうっすら明るい日もあります。
緩慢ながら季節は確実に夏へと向かっていますね。


昨晩は所用で地元へ立ち寄りました。
地元と言っても今住んでいる所からさほど離れていないのですが、自分が幼少から育った場所というのはやはり特別な存在です。
4歳の頃から住み、もう20年を経過してもこの場所だけは何も変わらない。
立ち止まり辺りを見渡す度にそれを実感します。見慣れた風景の並ぶこの場所で、仲間と笑ったり泣いたり怒ったり走ったり、何でもしました。
あの頃と違って、多少純情さを失ってしまった気はしますが、根幹は今でも何も変わっていない様な気がします。良いことなのか悪いことなのか、そこまで考えるのは止めました(笑)。
ノスタルジックな余韻を感じながら、昨日はそのまま歩いて帰りました。
少々のダイエットにもなったでしょうか?


閑話休題ですが、
『政治を知る』ということには、決して終わりはないと思っています。
それは歴史と同等であり、日々激しく流動する世界を知ることには、終わりは存在しません。


旧石器時代より始まり、卑弥呼の邪馬台国に中世の時代、戦国の世、江戸幕府の成立、幕末、明治維新、帝国憲法制定、国際連盟脱退、太平洋戦争から終戦、55年体制の崩壊、そして一昨年の政権交代。
国内だけでも、数えきれない数多の歴史があります。政治もそれと共に歩んで来ました。
知っても知っても、例え知りつくした人が居たとしても、またその瞬間から政治の歴史は刻まれています。
その世界に身を置く人間は政治を知ることが極めて必然であり、そうあって然るべきだと思います。
原発問題が未だ収束しない中、国内政治は未だ混迷を深めています。
内閣不信任案は、提出される見通しであると報道があります。
不信任案は提出されるだけでも大きな政局です。
永田町も風雲急を告げそうです。
しかし小林が常々申し上げている様に、『政局在りきの政治』は誰も望んでいないはずです。
政局が常にチラつき、急務な政目且つ重要な議論が闊達に交わされない、ウィーン会議じゃないですが、踊れど前へ進まない政治であっては意味がありません。


政権与党である民主党からは、若い代議士が一人離党しました。
果たしてこれに『あいのり』する人々は現れるのでしょうか。


現代の政治も、過去に倣って数多の歴史を刻んで行く様です。
いつ何時も、学びが必要ですね。

タイガーマスク現象―その後(スタッフ)


みなさん、こんにちは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。

今週はぐずついた天気が続くようですが、今日はその合間を縫うようなお天気!

みなさまは如何過ごされましたか?


さて今日は先日テレビで特集していた「タイガーマスク現象―その後」の話題です。

タイガーマスク現象。皆さんもご記憶に新しいのではないでしょうか。

昨年12月末に「伊達直人」を名乗る人物から群馬県の児童相談所へランドセルが贈られたのを皮切りに、全国の児童養護施設に相次いだプレゼント。

「善意」は「善意」を呼び、今年1月15日の時点で確認された寄付行為の件数は実に1000件を超え、贈られたものはランドセルだけで750個余り、現金や商品券は約3200万円分に上ったと言われています。


あれから半年。番組では、タイガーマスクから贈り物が届いた施設の「その後」を追っていました。


取材していた児童養護施設で生活している子どもの約8割は「虐待」によるもの。

増え続ける虐待でその施設は満員状態。中学卒業後に進学しない場合には施設を出ていかなければなりません。番組では、高校受験に成功しなければ共に暮らす唯一の肉親である小学生の弟と離れ離れになる中学生の女の子の挑戦や、親の育児放棄で2歳から17年間施設で生活していた女子生徒が19歳となり、わずか21万円の支度金で自立しなければならない厳しい現実を取り上げていました。


番組を見ていて感じたこと。


それはやはり施設における対応の限界です。

番組でも取り上げていましたが、施設の子供達は初対面の来客でも、まとわり付くように抱きついてきます。それは虐待により愛情を受けるべきときに受けられなかった子ども達は他者との距離感がうまくつかめず、「この人は信頼できる大人か」「自分のことを嫌わないか」常に確かめてしまうからと言われています。

こういった子どもに必要なのは、安心できる「家庭」での生活ではないでしょうか。


現在我が国では、虐待を受けた子どもの保護を20人から30人程度の「施設」での共同生活の下で行っているのが実情です。

スタッフの皆様の日夜のご苦労は素晴らしいものではありますが、やはり施設での共同生活はきめ細やかな対応が行き届かないところもあるでしょう。

「先生」ではなくて「お母さん、お父さん」からしか得られない愛情というものもあるでしょう。


我が国においても、諸外国のように里親制度をより促進させ、子どもたちを少人数のより家庭的な雰囲気で育ててあげたい。

そのためには、「伊達直人」のような個人の善意はもちろん、行政としても意識の改革が必要である。


そんなことを考えた夜でした。

「伊達直人」さんと同じ名前の「菅直人」さん。

真のヒーローは表に立たず、ひっそりと功績をなす方ですよ。

債権放棄発言に見るポピュリズム

こんにちは。
小林鷹之です。


震災後にしばらく自粛していた朝の駅頭での演説ですが、連休明けから再開しました。
真冬に比べると、気温は高いし、日の出が早いので、全く苦にはなりません。
ただ、娘が不規則な時間に目を覚ます日は、寝不足のまま駅に向かうので、目の下にクマが出ている日もありますが、いたって元気です!


駅立ち後に訪れた地元の企業。
八千代市の農村地帯でとてものどかな場所にあります。
そこで、社長とお話ししていたら、次の面会相手の方がいらっしゃいました。
よく見たら、ボクシングの元世界チャンピョンの畑山隆則さんでした!
現役時代から、ものすごくかっこいい人だなあ、と思っていた人なので、少し得した気分になりました。


さて、金融機関による東電への債権放棄に関する枝野官房長官の発言。
この問題がいまだ尾を引いています。
発言内容が曖昧なため、詳しい真意を図りかねますが、要は「公的資金の活用については、金融機関による事実上の債権放棄が前提」との立場をとっていると解釈せざるを得ません。
これは由々しき問題です。

確かに、有権者の立場からは、一見もっともらしく聞こえるかもしれません。
しかし、この手の発言は、「金融機関=金の亡者、社会的強者、国民(納税者)=被害者、社会的弱者」という単純な構図の中で、「強きを挫き、弱きを助く」のが政治家としての善であるとするパフォーマンス以外の何物でもありません。
いや、パフォーマンスで終わればまだいい。


金融機関は、法という民主主義のプロセスの中で定められたルールに基づいて東電に融資したわけで、株主責任すら問わないままに、「自発的」(≒半強制的)な債権放棄を主張することは、法治国家としての原理原則を根底から覆しかねません。
ポピュリズムそのものです。


ただでさえ企業、とりわけ市場で社債による大規模な資金調達が困難な中小企業に、十分な資金が行き渡っていない状況なんです。
法というルールそのものへの信頼が揺らげば、金融機関は何を基準に貸し出しを行えば良いがわからなくなり、更なる金融収縮を惹起し、その結果、日本経済が一段と悪化するのは目に見えています。それに海外からの資金も日本を忌避するようになります。
「何となくあいつ(金融機関)が気に食わないから責任を押し付けてしまえ」というのは、いじめと同じです。


一方で、報道によると、被災企業等が抱える二重ローン問題への対策として官民出資による再生ファンド案が浮上しているとのこと。
対象企業の選定方法や債権の買い取り価格の査定方法など、スキームの詳細はまだ見えてきてはいませんが、発想としては評価できると私は考えております。

但し、債権の買い取り価格を巡り、金融機関はできるだけ簿価に近い額での買い取りを希望しているとの報道がなされています。
この点については、一言コメントしておきます。

金融機関がこのような主張をするのは自然ですが、本件については、仮にファンドを設けなければ、ルールに基づき、金融機関は相当程度の損失を被るものと考えられます。
被災企業の担保価値が相当程度毀損しているのだから当然ですね。
そのような中で、敢えて、国民負担が生じる可能性があるスキームを立ち上げようとしているわけですから、納税者の利益を可能な限り保護するために、金融機関に一定のヘアカット(≒債権放棄)等を求めることは理に適っています。


以上のように、それぞれのケースによって、金融機関と国民(納税者)との関係は、異なってくるのが当然です。
何となく聞こえが良いから、というだけの理由で国民を欺こうとする言動を政治家は慎むべきです。
マニフェストの失敗に懲りず、そんな行為を続けていれば、政治への信頼はいつまでたっても回復しないんです。