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大井神社大祭総合研究所

島田大祭? 帯祭? おヽいさんの祭ってなんだろう?
このブログは 『永く万人に愛され続ける大井神社大祭』を
目指して、知らない事を教え合う架空の研究所です。
ただ今、大祭に対する質問も受け付けております!(*´∀`*)

前回紹介した昭和10年より6年古い昭和4年の壱街集合写真

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大きな写真はコチラから写真右下の「オリジナルサイズ」をクリック。

屋台の後ろに「締切」がはっきり写っていますね。

大多数がハチマキをしています。

先日
「島田の人は祭姿がだらしない」という評価がある事を知りました。

ふつうは「腹掛」を
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首近くまで上げて着用するそうです。


↓こんな感じ
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よく見ると肉襦袢(にくじゅばん)が見えていません。

それをふまえて今一度この集合写真を見ると・・

やっぱり肉襦袢が見えている方は少ないですね。



あとは・・

街並みは変わりましたが、屋台は今と大差ないように感じます。



ちょん髷っぽい方がいますが、なんちゃってカツラでしょうね。


昭和4年(1929)今から82年前。

関係ありませんが・・


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オードリー・ヘプバーンの生まれた年です。

(●´ω`●)ゞ

クローバー
私はラーメンが好きだ。

ほぼ毎日、食している。

いろんなラーメン屋さんへ行く。

このブログの記事も、ラーメン屋さんの待ち時間で書いたりする。

今日いった、ラーメン屋さんの話。

東名「吉田インター」から北へ400m左手。

↓開店してから17年になるこのお店
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↓途中からレジが、セルフサービスになった。
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食事がすむと自分でお金を入れて自分でお釣りをもらっていく。
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最初はとまどったが、今は「チャリン チャリン♪ ごちそうさ~ん」といった具合でふつうに支払っている。


大将に聞いてみた。

(*^ー^)ノ
「勘定が合わない事はない?」

(^人^)
「ない。あるとしても3年に1度位だね。ごまかす人なんていないもの。3年に1度あるかないかの違算もごまかしたんじゃなくて間違えたんだと思う。」

(*^ー^)ノ
「そんなもんかですか?お客さんを信用しないとできないね。」

(^人^)
「そうだね。お客さんを信じない事は、自分を信じないことだからねぇ。」

しかし、こんなシステムが成りたつのは、この国以外にあるのかなぁ?

お腹も満たされるが 気持ちも満たされる。

(メ・ん・)? ん
ここのラーメンは美味しいかって?

へへへ

試してみたら~。
損はしないと思うよ。

よく。旨いラーメン屋の本に載ってるみたいだし。

クローバー















なんとなく、アクセス数が増えてきたので

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↑サイドバーにアクセスカウンターを設置いたしました。

これからもちょくちょく、遊びにおいでて下さい。

(。-人-。)

古い写真を本大祭の研究家の立林先生に鑑定していただきました。

以下、原文 (昭和4年の写真は後日公開)

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拝見した写真を調べさせて頂きましたが、昭和4年(1929)と昭和10年(1935)の写真と判明しました。

 決め手となるものは、屋台の表題となります、現在の第一街の表題は、昭和40年に作られた非時金花咲雪中(ときじくのこがねはなさくゆきのなか)ですが、以前は大祭ごとに表題を変えていましたので昭和4年は仙姿清絶分外妍(べんざいてんあづまのうつしえ)、昭和7年と10年は歓天喜地長仰神徳(よろこびみつるかみのみめぐみ)となります。

したがって、田島製の写真は昭和4年で、石野写真館製は踊子の人数(昭和7年は4名)から昭和10年(踊り子6名)となります。

 貴重な写真ですので年号を書き保存して頂ければ幸いです。

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大井神社大祭総合研究所

大きな写真はコチラから写真右下の「オリジナルサイズ」をクリックしてご覧下さい。

立林先生 ありがとうございました。

クローバー
若い衆がお祭りデビューする。


はまる子もいれば

そうでない子もいる。

その差はもちろんその子の考え方もありますが


まわりの先輩たちからの影響も小さくはないですよね。


力ずくで操ろうと後輩を理不尽に扱う先輩


楽しい雰囲気作りを心掛けて後輩を大切に(居場所をつくるとか)する先輩


仮に私が若い衆なら前者のような先輩がいる祭は遠慮したいですね。


若い衆は体は大人ですが中身は「道端でしょぼん泣いている子供」ですから



デビューした子がお祭りを好きになり、次回も出る。


先輩(三役、係長)の腕の見せ所ってとこでしょうか?
(^O)=3

ちなみに「新組」に参加した若い衆は野球やってた子です。

それと‥

前回「七街」に参加した岡部の若い衆がどんな事考えているか興味がありますね得意げ
「世渡り」

身の振り方 社交 処世 渡世 保身 人生行路 

社会に出れば(出なくても?)
こういうものは 避けて通れませんね。

私は( ´∀`)いい意味で

こういう事って
あってもいいと思います。


クローバー





前述のマツモトシゲの「シンゲン橋」

別説が出てきました。

若く熱い「熾火」のような方からの指摘

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ケイさんのブログについてですが、新右衛門橋とシンゲン橋は直接結びつかないのでは?と7丁目のとある方からの意見です。

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奥に締切提灯がありそこが7丁目と御仮屋の境目です。

その下の川の一番奥にある橋がまぎれもなく「信玄橋」であり、この写真は舗装されるギリギリの昭和4年ですが江戸時代から変わらない川でしたので、信玄橋を中心に旧地名「四軒屋」と呼び、その手前にある松波木を「オシゲ狐」と言います。
前回
大井神社大祭「新組」に参加した若い衆(19才)が

我が家に遊びにきたんで

前回のお祭りの感想をきいてみた


(*^ー^)ノ 「楽しかった?」

(^ε^) 「はい!」

(*^ー^)ノ 「次回、また出たいと思う?」

(^ε^) 「ぜひ!」

彼が 再度祭に参加したいと思った理由は 今度聞いてみる。

クローバー