東海道本線沼津駅北口周辺、高島町、高沢町にも歓楽街があります。

沼津の繁華街の中心は駅南口方向にあり、近年まで北口は沼津機関区なんかがあったおかげで、駅裏といったところでしょうか?

それでも、現在は駅前広場やホテル、映画館なんかができてきています。

 

第二次世界大戦までは北口の先は軍需工場だったり、製糸工場だったりで、工業地帯だったのでしょう。

「沼津市明治史料館通信 通関122号 二〇一五年七月」に掲載されている地図によると、沼津駅裏は「三井精機」や「沼津海軍工廠」などの場所が示されており、今回訪問した沼津市高島町、高沢町あたりは「三井精機」の工場敷地内であったそうです。あと、どこかで、高島町という地名も工場が建設される時に命名されたとかと書いてあったような気がします。

昭和16年の空中写真では高島町、高沢町の線路に近い部分の土地には工場のようなものが写っています。昭和23年の空中写真では工場(三井精機)が解体途中かそんな感じで、整地されつつあるようにみえます。駅裏の歓楽街「高島町」「高沢町」は昭和20年代、大戦後にできた街なのででしょう。

 

2021年12月に訪問しました。

高島町、高沢町の歓楽街は「あまねガード」を南東角の起点として南北250メートルくらい、東西400メートルくらいです(ただし、北西角の200メートル四方は歓楽街ではなく、普通の住宅街)。

「あまねガード」の画像を忘れていたので、そこから北に少し進んだ「リコー通り商店街」から見た高島町の通りです。お楽しみの浴場もあったそうですが、今はわかりません。いろいろな種類の夜のお店が並んでいます。

 

同じく高島町のまちなみです。下の画像ではかなりわかりにくいですが、左奥に「北光小路」という横丁があります。この歓楽街の特徴のひとつは横丁がたくさん存在することです。

 

このような古い建物も残っています。横丁は古いものから比較的新しいものまで様々です。

この建物は「道頓堀小路」です。

 

その向かい側の「新富小路」です。

 

「新富小路」から見た「道頓堀小路」です。2階窓の柵に取り付けられた扇の飾りがとても洒落ています。

 

ウイークリーマンションがありました。

 

上の画像のあたりにある路地です。

 

どこだか忘れました。

 

「高砂横丁」です。少し新しそうです。

 

「中央小路」です。

 

これもどこで撮ったか忘れました。

 

線路沿いにある「法善寺横丁」です。道頓堀やら法善寺横丁やら大阪っぽい名称です。この街ができるときに多くの大阪出身者が入ってきたとかでしょうか?石がたくさん貼り付けてあります。

 

「法善寺横丁」の内部です。

 

「法善寺横丁」は線路のすぐ横です。

 

この建物、グーグルの地図では「静岡県東部朝鮮会館」とあります。

2階以上にもテナントが入っていそうですが、窓が塞いであって、火事でも発生すれば一発でアカンことになりそうです。建物に左半分の窓の配置が面白い。

 

上の画像の建物の標記です。

 

「リコー通り商店街」沿いにある「イオ信用組合(現在は閉店済)」です。イオ信用組合は半島系の金融機関です。この周辺は特に焼肉店や韓国料理店が多いようです。あと、東南アジア系の飲食店が多いです。

この辺り、外国出身の方が多いのかもしれません。

 

「高島町」「高沢町」界隈には10か所以上の横丁があると思います。大戦後に形成されたこの街と、横丁には何らかの深い関係があるのではないかと思います。横丁の建物もだいぶ老朽化しているところが多そうなので、記録を急いだほうがいいかもしれません。どなたか調べてーって、また人任せですw