ランチの王様「マウント家の人々」 | kobacabana 3.0

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音楽、食、酒、街、男と女・・・・
日々に感じる雑感を
懸命にまとめています。

すすき野にある蕎麦屋で親子丼。



昔からマウント婦人と呼んでいるお婆さんが、ジムの受付のソファに座る私に近づいて来た。

取り巻きのマダムたちは、まるで上司でも敬うように媚を売ってきた。女もそれはそれで大変な毎日らしい。

例の「うちの主人は荷物を運んだことがない」と言う婆さんだ。それだけ身分が高い、と言いたくて仕方ない、不憫な人生を歩んできた。

息子2人がアメリカの大学講師とかで、それも自慢したくてウズウズして生きてきた。

歌舞伎、重瑠璃を観に京都なんかに下る旅行をする自慢話も、累積何百人もが被害者になっている。


「ちょっと教えて欲しくて。」
「ああ、かまわんよ」


「(スマホを手に)こんな面倒なもの、嫌になっちゃう。今度羽田に行くんですの。バスの予約の仕方がわからなくって。あなたなら、詳しいかと思って」

「、、、、、」
「?」
「あのさ、殿方を指して、アナタ、と呼ぶのは止めなさいよ。前も教えたよね。そんな呼び方して話し始める女性は見たことがない。みな、常識人だからね。息子さんが同じように呼ばれてたら、わかるでしょ?」
「じゃ、、、な、なんと?」
「?」

「こ、こ、kovaさん。」

私は優しく彼女のスマホを受け取り、チケット予約サイトを開いた。ここからは、もう、ちゃんとしたレディとして扱ってやる。それが、マナーと言うもの。



しかし、魂胆はもうひとつあった。まだレッスンが始まるまでに5、6分あった。わたしは分かりやすくゆっくりとページの遷移(webページの移動)を説明していると、婆さんはキョロキョロし始めた。

「なに、どうしたんですか?」
「いえ、そろそろレッスン始まっちゃうので」
「まだ6分ありますよ。?急いでいたんじゃなかったの?あん?」

婆さんは震えだした。羽田からアメリカにでも旅に行くこと自慢したかったそのついでのスマホ、なのに、私にひとの呼称の指導を受けたばかりでなく、海外に行く自慢も出来ずに、痺れを切らして居たのだった。


わたしはまた優しくスマホを手渡し「また分からなかった事があったら、声かけてください。

大学の先生なんかよりは、世の中、深く広く学んで来ましたからね」






マウントと言うのは、あちこちで見かける。腐った日本の価値観、家柄、学歴、財閥看板、肩書、(商社マンや油売りは、それを飛ばされてたとは知らずに)駐在自慢、、、、

私はご高齢の方々の所作や失態は誰より大目に観てきたが、このブログにあるように、


パブリックな場、SNS等で「私が上」的な声がけ、発言、投稿を見るにつけ、とても悲しくなってしまう。そういう人は、周りから指摘されることもなかったため、そのまま生きてきてしまっているので、不憫この上無い。

昔、私が媚を売らないのでそれが面白くなかった上司が、携帯に突然電話してきて、物凄い上からえらそうにがなり立てる失態を犯した。

「きみさー、○○プロジェクトの件、俺は心配してんだよ。報告無いのは、問題だぞ!」

「、、、、、」

「もしもし?聴いてるのか?」

「周りに同僚が何人か居ますか?」

「あぁん?、、居るけど、それがどうした?」

「いつもそんな話し方決してされないのに、どうしたんですか?私がそこに居ないことを良いことに、やけに上から来てませんか?

誤解ならもちろん、謝りますが。どうなんです?」


「あ、ぅ、その、だから、ほら、明日また聴かせてよ〜、明日は朝からこっち(オフィス)でしょ?よろしくね、ね」


「かしこまりました。ご心配かけてすみせん。」



以後、彼は私にはこの手のマウントは一切取らなくなった。が、他の人が何人も同じ手で迷惑を受けたと聴く。


取り巻きが多いほど、関係性は薄く、真の人望は得られない。

日々自分を戒め、愚人を正す毎日である。