ずいぶんと薄~い記憶を辿りますと…。
本当に小さい3歳か4歳ぐらいの頃です。

当時、片町線沿線で育っていたワタクシは、“けいはん”に“てれびかー”なる電車があるらしいと云うことを知り、母親にせがんで京橋から三条まで往復で乗せてもらった覚えがございます。

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もっとも、京都方の今で言う“かぶりつき”を占領しつつも少し背が足りず、記憶の中の“てれびかー”は見上げるアングルばかりが浮かびます。

そんな京阪が社運を賭けたと言われる“テレビカー”が登場したのが1954年の9月3日なんだそうです。

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皆様もご存知の通り、大阪~京都間はJR(旧・国鉄)阪急京都線(旧・新京阪)そして京阪電鉄が並行して走っております。

路線の長さの差こそあれ、この構図は1954年当時も同じでありました。

しかしながら、線形のハンデにより速達性では国鉄と阪急にかなわない京阪が旅客獲得のために打った起死回生策が“テレビカー”であったとされております。

どうしてもかかってしまう時間を逆手に取り、京都までゆっくりテレビを見ながら乗ってもらおうと云う訳ですね。

何せ、テレビの本放送が始まったのが前年の1953年2月1日の事です。

物珍しさも手伝って、京阪は他2路線から旅客を獲得することに成功したそうです。

そんなテレビカーも時代の変化には勝てず、2013年の8000系30番台の廃車によりサービスを終了してしまいました。

実に60年近く車内でテレビを見ることが出来た計算ですね。

みんなで街頭テレビを見た時代から、スマートフォンで動画やワンセグを見る時代へ。

集団から個人に視点が移って行く社会の変化の縮図の様なテレビカー。

今もくずはモールの“SANZEN-HIROBA”でその面影を偲ぶことが出来ますね。

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コメント(2)
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KOASA。さん こんばんは(^^)
明日は京阪テレビカーの運行開始日だったのですね!
確か鉄道列伝?か何かテレビで当時の国鉄に速度では勝てないけど
サービスで勝利した京阪物語を観ました。
私が関西私鉄で何故阪急じゃなくおけいはんが好きなのか?
ご理解頂ければ幸いです(^^;
でもその精神は今のプレミアムカーに繋がっていると思うと
感慨深いですね~!
2018/9/2(日) 午後 6:10
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KOASA。
> xuh*****さん
こんばんは♪
同じく自分もその番組、HDDレコーダーに録画して大切に残してあります。

個人的な感想ですが、京阪は関西私鉄の中でホスピタリティNo.1やと思っております。

ダブルデッカーも自社設計自社製作ですし、速さで勝てない分自然と乗客ファーストの考え方になってったんやろなぁと考えております。

ご指摘のプレミアムカーも、本当なら追加料金なしでやりたいところ、座席指定のためにやむなく別料金もらってはるんやろなぁと思っていたりします。
2018/9/2(日) 午後 7:29