いや、大したことは書いてませんが…。
前回の記事で、“かもめ”が戦後3番目に復活した京都~博多間の特急である事までは記しました。
で、この時期の“つばめ”“はと”“かもめ”に共通するのが、その客車構成の変遷です。
いずれもスハ44系列の編成によってスタートしておりますが、昭和30年代に入り製造された10系軽量客車がじわりじわりと組み込まれて行きます。
“かもめ”で見てみますと…。
〈昭和28年新設時〉
1 スハニ35
2 スハ44
3 スハ44
4 スロ54
5 スロ54
6 スシ48
7 スロ54
8 スロ54
9 スハフ43
青大将の“はと”からマイテを抜いて食堂車の位置をずらした上で短くした様な編成ですね。
ただし、スハ44系列は展望車込みの編成を前提としており、終着駅に着いたあとの折り返しに際してデルタ線を使った方向転換が必須でありました。
このため座席の転換機構を持たず、当初予定されていたとされる展望車が連結されなかった“かもめ”においては非常に使い勝手の悪い車輌でありました。
そんな事情も込みで、スハ44がナハ11に置き換えられるのは昭和32年のこと。
これが、今回のモデルである昭和34年ごろになると…
〈昭和34年ごろ〉
1 オハニ36
2 スロ54
3 スロ54
4 スロ54
5 オシ17
6 ナハ11
7 ナハ11
8 ナハ11
9 ナハネ11
食堂車がオシ17に代わったのがこの頃だそうです。
そして客車時代の末期、10年ほど前にKATOから出ていたのはこの辺りですね。
〈昭和35年3月〉
1 オハニ36
2 ナロ10
3 ナロ10
4 ナロ10
5 オシ17
6 ナハ11
7 ナハ11
8 ナハ11
9 ナハネ11
このあと昭和36年10月のダイヤ改正により、“かもめ”はキハ82系の気動車特急に変身し、博多から長崎と宮崎へとその足を伸ばします。
こうやって眺めてみると、復活当初の“かもめ”は“つばめ”や“はと”と並んで最新鋭の特急列車であったことが分かります。
牽引機もEF58とC62のリレーであり、速達化・居住性の向上・効率化においては随時新しい試みを取り入れていた証が客車の変遷に現れておると思います。
速達性への挑戦で言えば、かの有名な“セノハチ越え”において、後補機のD52を走行中に解放したのもその1つでありましょう。
資料映像で、テンダーの後ろにヘッドマークを付けたD52が解放されたあと、ポツーンと取り残されていたのが印象に残っております。
山陽路から九州にかけて、孤高の新型特急であった“かもめ”のある種異形の佇まいを堪能できるまであと少し、どの様にご紹介の記事を書こうかじっくり検討しながら待とうと思います。
Swallowtail
http://swallowtailc62.blog.fc2.com
Instagram
https://www.instagram.com/koasarocks/
YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCPy007RRix1LAYk8vkPMQDQ
電車、走らなくても良いんだけど…鐵道模型
http://mahorobatetsudou.blog.fc2.com/
前回の記事で、“かもめ”が戦後3番目に復活した京都~博多間の特急である事までは記しました。
で、この時期の“つばめ”“はと”“かもめ”に共通するのが、その客車構成の変遷です。
いずれもスハ44系列の編成によってスタートしておりますが、昭和30年代に入り製造された10系軽量客車がじわりじわりと組み込まれて行きます。
“かもめ”で見てみますと…。
〈昭和28年新設時〉
1 スハニ35
2 スハ44
3 スハ44
4 スロ54
5 スロ54
6 スシ48
7 スロ54
8 スロ54
9 スハフ43
青大将の“はと”からマイテを抜いて食堂車の位置をずらした上で短くした様な編成ですね。
ただし、スハ44系列は展望車込みの編成を前提としており、終着駅に着いたあとの折り返しに際してデルタ線を使った方向転換が必須でありました。
このため座席の転換機構を持たず、当初予定されていたとされる展望車が連結されなかった“かもめ”においては非常に使い勝手の悪い車輌でありました。
そんな事情も込みで、スハ44がナハ11に置き換えられるのは昭和32年のこと。
これが、今回のモデルである昭和34年ごろになると…
〈昭和34年ごろ〉
1 オハニ36
2 スロ54
3 スロ54
4 スロ54
5 オシ17
6 ナハ11
7 ナハ11
8 ナハ11
9 ナハネ11
食堂車がオシ17に代わったのがこの頃だそうです。
そして客車時代の末期、10年ほど前にKATOから出ていたのはこの辺りですね。
〈昭和35年3月〉
1 オハニ36
2 ナロ10
3 ナロ10
4 ナロ10
5 オシ17
6 ナハ11
7 ナハ11
8 ナハ11
9 ナハネ11
このあと昭和36年10月のダイヤ改正により、“かもめ”はキハ82系の気動車特急に変身し、博多から長崎と宮崎へとその足を伸ばします。
こうやって眺めてみると、復活当初の“かもめ”は“つばめ”や“はと”と並んで最新鋭の特急列車であったことが分かります。
牽引機もEF58とC62のリレーであり、速達化・居住性の向上・効率化においては随時新しい試みを取り入れていた証が客車の変遷に現れておると思います。
速達性への挑戦で言えば、かの有名な“セノハチ越え”において、後補機のD52を走行中に解放したのもその1つでありましょう。
資料映像で、テンダーの後ろにヘッドマークを付けたD52が解放されたあと、ポツーンと取り残されていたのが印象に残っております。
山陽路から九州にかけて、孤高の新型特急であった“かもめ”のある種異形の佇まいを堪能できるまであと少し、どの様にご紹介の記事を書こうかじっくり検討しながら待とうと思います。
Swallowtail
http://swallowtailc62.blog.fc2.com
https://www.instagram.com/koasarocks/
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https://www.youtube.com/channel/UCPy007RRix1LAYk8vkPMQDQ
電車、走らなくても良いんだけど…鐵道模型
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