今日から6月ですね。

本日出荷予定で再販分のKATO製“C62 3号機”が世に放たれます。

それにしてもどうして2号機と時期がズレたんでしょうね?

京都店特製品の2号機とゴッチャになっちゃったから一度全部開けて詰め直しせなあかんとかそう云う事情なら何も感じませんが。

同時に出荷される“かもめ”ご一行様も含めて、ご紹介は来週末の予定です。

ところで、2号機に関しては個人的な記憶や思い出をつらつらと書き連ねることが出来ますが、はて3号機については何を知ってますでしょうか?

民営化後に本線復帰を果たした時の“鉄道ファン”誌の表紙ならうっすら覚えておりますが、正直よく知らないのが現実です。

そこで、ネットの荒波をさまよって3号機の経歴をさらっとまとめてみましょう。

まずはいつものWikipedia師匠より画像をお借りします。

イメージ 1


これは88年に復活したあとの姿ですね。

そもそもC62自体、戦後旅客需要が逼迫する中でG.H.Qの機関車新造中止の方針をかいくぐるためにD52型からの改造と言う名目で設計製造されたと云う愉快な経歴の持ち主です。

3号機も例外ではなく、D52 458の改造車両という名義で日立製作所にて1948年(昭和23年)6月18日に落成、糸崎機関区に新製配置されました。

事実上の“新造”を改造名目で勝ち取った形ですが、戦時製造のD52は致命的なことに肝心のボイラーの品質が著しく低いものでした。

何せボイラーの長さすら統一されず、キチンと設計通りの長さを確保できたものから順に“甲乙丙”でランク分けされていたぐらいですので。

C62各機が新品のボイラーを手に入れ、文字通りの新製機となるのは昭和30年代まで待たねばなりません。

続々と行われるボイラー載せ換え作業。
3号機は東海道線・全線電化完成の直前となる昭和31年の8月末に、ボイラーの載せ換えが完了しました。

(つづく)


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