科学、それも地球物理学に携わる人物が登場して、人生のひとこまの出会いを描いた短編集。読んだあとも余韻が残る印象的な作品集。
事業に失敗し、認知症の父親を施設に入れて、自殺する場所を求めて旅だった男は、ある夜タクシーの運転手に案内された自殺に格好の場所。そこに立っていた標識には月まで三キロとある。近くの集落、月までという意味だが。地学の教師をしていたが、息子を自殺で死なせた運転手にとっては、そこはなき息子に面と向き会える場所だった。その話を聞いた自殺志願の男も、もう一度父に向き合おう、人生に向き合おうという気持ちが寝覚めるる
アラフォー独身のOLが、合コンで出会った男は、気象庁に勤務していた。気象に詳しく、雪の結晶の観察で、気象を推論するというプロジェクトの話が気になった彼女。好意を抱き、思いきって告白してみるも、彼は同性にしか興味がないという。でも友達として接する限りは、孤独な彼女にとって、彼は何よりの存在になっていた。
中学受験のために、塾通いしていた少年は、不登校になり、母親の故郷で過ごすことになる。何もない山村、偶然入った博物館が縁で、アンモナイト化石の発掘に従事するもと館長と知り合い、自らも経験する。その経験により、癒される少年。
大阪阿倍野の商店街にある、手作りのかまぼこ屋。代々、次男が跡を継ぎ、長男には変わり者が出た。アマチュアロックバンドをやめて、家業を手伝う次男。長男は一族には珍しい京大出の学者。そして、父の兄である伯父は、かつて伝説のブルースギタリストだった。今は離婚し、独り暮らしで無職。たびたび家族に無心をしている厄介者。そんな伯父の娘のことを伝えに来た兄。父親譲りの音楽の才能がある娘は留学しようとしていて、父親のギターを聞きたがっているという。持ち物を十年かけて大阪湾に沈めてきて、今は愛用のギターさえ持たない伯父。先輩から昔の伯父のレコードを借り、その演奏にはまった次男。昔伯父に教えてもらった釣りに、兄弟で伯父を誘い、昔のことを聞きただす。
幼い娘を育てながら食堂を営む男。その店に毎晩のように通ってきて、名物の日替わり定食を頼まずに、曜日ごとに決まった定食を食べる女性客。男も娘も女性を少し怪しんでいた。ある夜、ついに声をかける。娘は最近読んだオカルト本の影響で、彼女が宇宙人ではないかと失礼なことをいう。神社で空を移動する物体に声をかけていたのを見たのだと。仲間のUFOと連絡していたのだと。彼女は答える。あれは宇宙ステーションだと。そこで働く人に思わず声をかけたのだと。彼女は素粒子を研究する臨時の職員だという。期間限定であちこちに勤務する流れ者だと。
しばらく彼女が姿を見せなくなり心配する二人。彼女が勤務していた研究所に毎晩通う。
そんな彼女が現れる。契約切れで、別の研究所に行っていたが、そこも首になり戻ってきたという。二人は不眠症の娘のために通っていた、馴染みの場所に、彼女をつれていく。まるで自分達が宇宙人のように思える場所。そこで彼女は、素粒子の話をする。人の大部分を占める水素は、次々と姿を変えて、宇宙の始まりから生き続けていると。娘の亡き母親の水素も別の姿で今は眼前にあるかもしれないと聞いた娘は、母の喪失感から癒されたようだ。
主婦業に専念して生きてきた彼女は、今一人、書き置きを残して山に来ていた。自分を感じない家族の態度に嫌気がさして、将来を考え直すために、結婚前の趣味に戻った。登山と山の植物の写真撮影。
彼女がであったのは、火山学の大学講師と院生の二人。火山学の話を聞き、彼らの生き方を聞きながら、彼女は決意を新たにする。山小屋を譲り受け、経営すること。老いた先代の小屋主の跡を継ごうと。それを家族に打ち明けることを考えながら下山する彼女。