静謐で、心が暖まる話だった。
久しぶりの小川作品。前回読みかけた「サーカスの夜に」が、途中で読めなくなり、以来読んでない。本作が評判となり、ドラマ化されたと聞いたが、見てない。
鎌倉の北の山の麓にある文具店。日本家屋で一人すむアラサー独身の主人公鳩子。母親が十代で生んだ娘を、祖母は引き取り育てた。文具屋をしながら、代書屋をしていた祖母の跡をついだ鳩子。祖母は江戸時代から続く由緒ある代筆屋だと教え、幼い頃から跡継ぎとするべく、英才教育をした。遊ぶ暇もなく、友人さえ作れない生活に反旗を翻したのは中学生になったとき。一匹狼の不良少女となったことを今は後悔してる。その頃の自分を知るものとは会いたくないと思いながらも、祖母の死後、鎌倉に戻り、跡をついだ鳩子。祖母が入院した頃は海外を放浪していた。
祖母の死で、文具店は祖母の妹であるスシ子おばさんが、営業を続けてくれたものの、代書屋は休業していた。そのおばさんもなくなり、帰ってきた鳩子は祖母の跡を継ぐことに。文具店の客は近くの小学校の生徒たちだが、代書屋の客は、口コミで来る。
正月に店を再開したが、代筆屋は夏になってようやく客が来る。最初に来た客は近所の魚屋のおかみさん。店が出す暑中見舞を毎年代筆している。
次の客は典型的な鎌倉マダムの老女。知り合いのペットが死んだことに対する悔やみ状を頼まれる。足を悪くして、行けない代わりの悔やみ。ペットと聞いても、人同様心のこもった悔やみ状を書いた。
お隣に住む老女はなぜか、バーバラ婦人と呼ばれていて、ボーイフレンドがかなりいて、しょっちゅう出掛けている。それでいて、気軽に鳩子に声をかけ、食事やお茶に誘ってくれる。年上の友人だった。
次いで現れた客は小学児童の少女、勝手にこけしちゃんと名付けた。先生に対するラブレターの代筆を頼まれる。少し考えさせてほしいと帰ってもらう。先日の悔やみ状の客、鳩子が名付けたマダムカルピスが来店し、感謝される。今の裕福な生活のもとは、祖母が代筆したラブレターにより、今の主人と一緒になれたからだと。しかもその話を聞いて興味をもった孫娘が来店したと。あのこけしちゃだ。ついてきた彼女に聞いてみると、先生はすでに結婚したからラブレターは不要だと。
次の依頼は、なんと離婚報告。結婚十五年で別れることになった夫婦が、結婚式で祝福してくれた人たちに、円満に離婚し、新たな生活を始めることを報告したいと言う。

結婚の約束をしていた幼馴染みに、今の近況を知らせたいと言う男性が手紙の依頼に来る。ただし、相手の女性も結婚しているので、女性の手紙として出したいと。思いでなどを聞いて、彼になり変わったような気持ちで手紙を書き投函する鳩子。手術を控えていて、万が一を考えると、彼女のことが気にかかり、手紙を出したいのだと。
台風接近の夜、ずぶ濡れの女性からの依頼は、近くにあるポストに投函した手紙を取り戻したいが、父親の危篤で、郵便屋さんがくるまで待てない。代わりに取り戻してもらいたいと。そうした事情で知り合った帆子さんは、近くの小学校の先生だった。彼女が再度来たときにバーバラ婦人は彼女をパンティーと呼ぶ。ハンコのティーチャーからハンティ―と呼ばれていたのがパンティーになったのだとか。以来友人となる。
いつも着物姿の男爵が依頼に来る。金の無心への断りの手紙。ただ逆恨みを受けたくないので、うまく書いてほしいと。
そのつぎに来たのは編集者で、評論家の先生に原稿を依頼する手紙を書いてもらいたいと。近頃の若者は手紙を書いたことがないのだろう。しかし、仮にも編集者なら自分で書けと断る。
無心の断りがうまく言ったと男爵から食事をおごってもらう鳩子。話してみると、祖母のことをよく知っている。鳩子のおしめを替えたこともあると聞き、驚く鳩子。以来、男爵とも知り合った。
汚文字で悩む国際線の客室乗務員カレンは、女優かと思うほどの美貌。姑の還暦祝いに添えるメッセージカードを代筆してほしいと。姑に勧められたペン習字を仕事のためにしてないが、続けていると嘘ついていたので。
正月に現れた男性が頼んだのは、母親を楽にさせる手紙。貿易商をしていた父親は子供の前では愛想がなかったが、母親には旅先からこまめに手紙を出していたことが最近わかった。ホームに入った九十になる母親がなき父からの手紙を待っていると知った依頼者の息子は。母を楽にさせるため、父の手紙を代筆してほしいと。昔母に送られた膨大な手紙を読み込んだ鳩子は、なき父に成り代わり手紙を書き、その母親を喜ばせ、安楽に往生させた。
バーバラ婦人に七福神巡りに誘われた鳩子。同行するのは男爵とパンティー。雨のため中断して、鳩子の店で食事をすることに。
イタリア人が突然現れて驚く鳩子。祖母が文通していたイタリアで暮らす日本人妻の息子だった。手紙の多くに鳩子のことが書かれていたので、鳩子に見せるために持ってきてくれた。それを見て、祖母の思いに今更ながら気づいた鳩子。
鳩子が偶然立ち寄ったカフェで知り合ったQPちゃん。母親をなくし、父一人の店を手伝う少女。彼女から手紙を受け取り、文通を始めた鳩子。鏡文字の短い手紙。それをヒントに、最近依頼されていながら、なかなか書けなかった絶縁状を書く文字を思い付く鳩子。
直後またも絶縁状の依頼が来る。長年習っていたお茶の先生に対するものだった。そして、依頼者が着物美人だったので年上だと思っていたが、小学校の同級生だと気づく。孤独だったと思っていた小学校時代。実は意外に鳩子は注目され、好かれていたと知る。
バーバラ婦人に花見に誘われる。婦人の庭にある桜を見るのだと。彼女が生まれたときに植えられた桜。当日、文具店を継いでから知り合った人たちも集まってくる。パンティー、QPちゃん、男爵。それに婦人のボーイフレンドたち。自己紹介でパンティーは重大発言をする。男爵と結婚するのだと。
そのあとで、鳩子もデートに誘われる。QPちゃんのお父さんから、店を繁盛させるため、近所のカレー屋を偵察したいので、付き合ってほしいと。三人で行を共にしたことで、気持ちが傾いていく鳩子。通り魔に殺され、いきなり妻を母親をなくした。娘のために生き直すと決意した父親。そんな親子に引かれる鳩子。祖母に逆らい、死に目にも会わなかった鳩子は、亡き祖母に当てた手紙を書く。忘れていた祖母との思い出を、QPちゃん親子といて思い出した。先代としか呼ばなかった祖母に、おばあちゃんと呼び掛ける。私のことで悩んだり悲しんだりしないと思っていた祖母が、イタリアに住む文通相手には赤裸々に鳩子への思いを綴っていた。慣れぬ子育てに悪戦苦闘した祖母。そんな祖母の思い出が湧き出してくる。祖母の死を認めたくなくて、死に目にも会わず、お骨拾いにもいかなかった鳩子。そのために後悔している。気持ちに踏ん切りがつかない中途半端な気持ち。嫌なことばかりだった祖母との生活だった、実は無駄なものばかりではなかったときづく鳩子。今更ながらの感謝を綴る鳩子。祖母同様、生んでいない子を育てることになるかもしれないと報告する。そして、最後に代筆屋になったこと、代筆屋として生きていくことを報告する。